第百話 物いう小箱(9)
「さあ、もう帰ろう」
バルトロメウスはあくびをしていた。あまり面白くはないらしい。
「そうしよう」
フランツも応じた。この店はもういたくない。
メアリーは何も言わずついてきた。
もう正午を迎えている。食事をしに店からでた他の客たちでごった返していた。
――こんな場末でも、買いに来る客はいるんだな。
大蟻喰は遅かった。
「何やってるんだ」
嫌な音がばりばりと聞こえる。何度も繰り返し、執拗に。
フランツは嫌な予感がしたので放っておいた。先に外に出ていたバルトロメウスは静かにほほえんでいる。
「ふう、喰った喰った」
大蟻喰はなかからでてきた。
「喰ったのか」
「ああ。骨まで残さず、跡形もなく全部さ」
店長の遺骸は処分されたというわけだ。
大蟻喰の口は少しも汚れていなかった。食べっぷりは見事というわけだろう。
「なんで喰った。残しておけばいいだろ」
「白昼堂々殺人事件だよ? キミがまっさきに疑われる」
「くっ……」
フランツは言い返せなかった。確かにそうだ。今まで目立たずやってこれたと思った矢先ではないか。
ついつい忘れていたことを一番危なっかしい大蟻喰に指摘されたのだ。
「まあ本当に何も残っていないようにしておいたから問題ないよ。ボクを信じないなら確認してく?」
と大蟻喰は武器屋の扉を開けかけた。
「いや、良い」
「ああそうだ。キミたちは先に帰りなよ。ボクは店主になり代われるからキミたちのアリバイを作ることも出来る」
と言って大蟻喰はまた扉のなかに隠れると今度は店主の姿で出て来た。
「なら頼んどくか」
「俺は帰るよ」
バルトロメウスは呟いた。
「どうぞどうぞ。そんなに長くはいない。とりあえず君らが帰ってからだ。それじゃあな、坊主、元気でな!」
大蟻喰は店主の姿で白々しく言った。
フランツは歩き出した。
「あいつ、いなくなって清々しました」
メアリーは楽しそうだった。
「そう言うな、あいつのおかげで俺たちに嫌疑がかからんのだ」
「本当に言葉通りにしてくれるのかかなり謎ですけどね。何か悪事をしでかすのかもしれません。それなら殺すか逃げるかぐらいしなければなりませんね」
「それはなかなか難しいと思うけど」
バルトロメウスが言った。
「まあ時間の無駄ですもんね」
メアリーは少し悔しそうだった。よほど大蟻喰に嫌悪感を覚えているのだろう。
「それはともかくズデンカの連中なんとか打開策を見つけてくれているのか?」
フランツは言った。
「ズデンカさんもあまりきて欲しくないんですが、まあ大丈夫でしょう」
メアリーは不快そうに言う。思えばルナにミュノーナで高台に連れて行かれたときから、メアリーはルナやズデンカにほんのり対抗意識を抱いているように見えた。
――面倒くさいやつだな。まあ俺が言うのもなんだが。
フランツは先を急いだ。
約束の場所についてもズデンカはまだ戻っていなかった。
「やれやれ、こっちの方が早かったか」
「アリバイ工作成功させる暇ぐらいならありそうだね」
バルトロメウスが言う。
「だな」
フランツは表面上は素っ気なく答える。
――何とかしてくれよ。
しかし心のなかでは必死で願っていた。ともかく平穏な旅を続けていたいのだ。臆病かもしれないが、これ以上やっかいごとを抱えたくはない。
フランツは深くため息をついた。




