第百話 物いう小箱(6)
「人間風情で悪かったな。だが今んところお前の所有者は俺だ。お前をどんな風にも扱えるのが俺。高い値で売り払ったり壊してやることも出来るのが俺」
店長は尊大な態度になって小箱に言った。
「ふざけるな! 俺はお前の所有物になどなったつもりはない!」
小箱は大声を上げた。しかし、それはあくまで小箱サイズに出せる最大の声だ。
したがってあまり大きくはない。多少耳障りな程度だ。
「何、壊してほしいって?」
「それはやめろ!」
「ハッハッハ! まあこんな感じです。さんざん大言壮語してますが何もやれんので。幸い飯を食わせる必要はないですから、暇なときはこうやって会話してるんですよ」
店主はざまあみろとばかりに小箱を見下した。
「まあ買う気は起らないかな」
フランツは言った。
「はい、私ちゃんもやめておこうと思います」
メアリーが応じた。
「なんだ、あれほど欲しがってたのに?」
フランツは少し意地悪な気持ちになって聞いた。
「欲しがってなどいませんよ。必要であれば買おうかなっと思っていただけで。結局確認したけど、買う必要はないって判断したまでです」
メアリーは澄まして言った。
「なんだ、からかわれて切れたんだろ?」
フランツはさらに追い打ちする。
「切れてなどいません。ただ別に喋るだけの小箱なら必要ないかなって思ったんです」
あくまでメアリーは澄ませていたが、それなりにつきあいも長くなったフランツは焦りの色を読み取れた。
「最初から予想がついてただろ。単に喋るだけの箱だぐらいはな。だがお前は話した上で買わなかった。切れたからと考えられるだろう」
「それはシュルツさんの思い込みです。切れてなどいません」
「いいや、切れた」
「切れてません」
メアリーは言い張った。
「おやおや、お互いお熱いことで」
バルトロメウスは腕組みをしながら言った。今は昼間なので人間の姿で思う存分振る舞えるのだろう。
メアリーの顔が赤くなった。
フランツもそれはしかりだ。他者から指摘されると急に恥ずかしくなる。
「ごほん。まあともかく、この店はこれで退散しよう。良い買い物をさせて貰った!」
フランツはいつになく声を怒らせて店を飛び出そうとした。
メアリーもものすごい速度で隣を歩いてくる。
やはり恥ずかしいのだろう。
「まあもう少し見ていこうじゃないか。ボクの予感では、まだこの店、何かありそうに思うんだよ」
店主が店の奥に引っ込んだタイミングで、大蟻喰が口にした。
「何かあるって、何があるんだ」
フランツは急遽戻ってきて効いた。
「あの小箱。店主が言うほど無能じゃないかもしれない。だってあのオドラデクとか言う大馬鹿ものの仲間だよ? 喋るだけじゃないかもしれない」
「喋る以外に何が出来るんだ、あんなやつに」
フランツは言った。メアリーも切れたが、フランツもあの小箱にはあまり良い思いは抱いていなかった。口が悪いだけの無能というやつほど不愉快な気分にさせられる物は他にいない。
仲間の――とは思っていない建前だがオドラデクが馬鹿にされたのも正直良い気分はしなかった。
いろいろ役に立ってはくれているのだ。
と、店の奥で何かがひっくり変える大きな物音がした。
「始まったな」
大蟻喰はにやりと笑った。




