第百話 物いう小箱(5)
「俺はオドラデクと友達ではない。あくまで一緒に旅をしているだけだ。利用しているとも言える」
――本人が知ったらこれ、ぶーぶーごねるぞ。
心のなかで苦笑しながらフランツは弁解した。
「信じられるか! オドラデクと関わるだけでおぞましい! そんなやつと関わりたくない!」
よほどの嫌われぶりなようだ。
「何であなた方は鏡の世界からここにやってきたんですか?」
メアリーは話を変えた。
「流れに飲まれたんだよ。多くが飲まれた。オドラデクも飲まれたというやつと同じ世界に飛ばされるとか不運きわまりない!」
小箱は叫んだ。
「流れって何ですか?」
「世界と世界の狭間をつなぐ、渦のようなものだ。ファキイルはかつてそこにアモスの体を投げ入れた。俺たちの世界では常識だ。語りぐさになってるぞ!」
ずっと黙ってついてきていた。ファキイルが小箱を見た。
静かに。
フランツはひやりとした。怒りの様子は見えなかったが、それでも、何か逆鱗に触れるのではないかと思ったのだ。
「面白いですね。私も鏡の世界に一度行ってみたいです。鏡の国のメアリーってね」
メアリーは笑った。
「お前のような人間が行ってもすぐに死んでしまうぞ! 俺たちのような無生物こそ、あちらの世界では生きていける」
「無生物って自覚はあるんですね」
「死すべき生き物がいずくんぞすごいことあろうか。俺たちは数こそ少ないが誰もしなん。オドラデクもグラフスのやつもずっと前から顔見知りだ。そもそも時の概念すら鏡の世界にはない。ただ今という時間がずっと続いていくだけだ。時などはこのような俗悪きわまる世界にきてから初めて知ることになった概念だ!」
小箱は饒舌にしゃべり立てた。
「生きていないってことがそんなにすごいですかね。生きていないなら生きる喜びも死の恐怖も知らない。あるいは逆でも良いです。それはすごく残念なことに思いますね」
メアリーは言った。
「それは死すべき定めの者が、死なぬものを妬んでいるだけだ。人は死を恐れるがゆえに言い訳を続ける。本当は不死の体を手に入れたいくせに!」
「それはそうかもしれませんが、あなたみたいに小さいお体でいるよりは、動ける方が良いですね。それこそあなたのお嫌いなオドラデクさんの方が自由に動き回ることが出来るような……」
メアリーは満面の笑みで言った。
――あ、メアリー切れたな。
フランツはなぜだか直感した。
「ふん」
小箱は静かになった。
事実上、メアリーに言い負かされたかたちだった。
――所詮、大言壮語してもただの小箱だ。オドラデクのように変身も出来ないようだし、恐るるに足らん。
とはいえ、思わぬ隠し技を隠しているかもしれないので、フランツは警戒を怠らなかった。
「しかし、面白いお話ですね。この小箱おしゃべりだとは思っていましたが、こんな話もしたのか。もっとも私には何もわかりませんが……」
店長が会話に入ってきた。
「人間風情が!」
小箱は叫んだ。
グラフスもそんなところがあるようだったが(押し隠せない人なつっこさは見えはしたが)知性を持つ無生物は概して生物を見下す傾向があるらしい。
そう考えるとフレンドリーなオドラデクは得がたい存在と言えるのかもしれなかった。




