第百話 物いう小箱(4)
――絶対に欲しくない。
フランツはまず考えた。では、押しつけられないよううまく会話を運んでいく必要がある。
「俺は剣を使うことしか考えていない。箱なんてかさばるだけだ。いらない」
「見ていこうじゃありませんか」
メアリーはフランツの肩をつかんで顔を見せながら言った。
「せっかく断ろうとしたのに」
フランツが小声で言うと、
「いやいや、とりあえず見てから買うか買わないかは決めたら良いんです。私ちゃんが気に入れば自分のお金で買います。あ、そうでした。それはシュルツさんに預けたんでした。なら、シュルツさん持ちってことで」
「何で俺が買わないといけない?」
店主は店の奥に引っ込んでいた。どうやら取り出しに行ったようだ。
「今店を出るって手もあるぞ?」
フランツは逃げたかった。剣の金も払ったし今のうちなら店を出ても文句はないだろう。
「なら、私ちゃんは残ります。物いう小箱の件、しっかり見届けてから帰りましょう。オドラデクさんの友達みたいなのがこの世界にいるなんて、とても愉快じゃないですか。あ、グラフスさんのことは除きます。先日の戦いでは、極めて苦しめられたので」
「除くのかよ」
フランツは呆れた。とはいえ、フランツもグラフスのことはしばし存在を忘れていたほどだった。『仮の屋』の火事の際にオドラデクと喧嘩しているのを見た後、特にオドラデクからも話を聞いていないのだった。
「あんなのは友達じゃないですよーとか言い出しそうですよね。クスッ。面白い」
メアリーは笑い出した。
フランツは何が面白いのか理解できなかった。
そうこうしているあいだに店長が戻ってきてしまった。
「こちらです」
店長は螺鈿細工が施された小箱を店の机の上に置いた。
「どうぞ、触っていただいてもかまいません」
メアリーは早速触り始めた。
「本当に話せるんですか?」
とメアリーが訊いたとたん、
「何だい?」
えらく高い声で、小箱のふたが開かれそして閉じられた。
「喋った!」
メアリーは子供のようにほほえんだ。
「喋れるさ。それが売りだもの」
自信満々な調子だ。
「でも喋れる物体に私たちは慣れ親しんでいるんです。オドラデクさんって方です」
「オドラデク! オドラデク! 皆殺しのオドラデク!」
小箱は連続して叫んだ。これまでとは一転して甲高い金切り声で。
「皆殺しの」とはずいぶん穏やかでない。
「なぜ『皆殺し』なんだ?」
フランツは訊いた。
「あいつは恐ろしいやつ! おいらの家族を皆殺しにした。壊して回ったんだ。おいらだけじゃない。何もかも作り変えるつもりで皆殺しにした」
非常に言葉足らずだが、重要な情報が含まれていた。前オドラデクの過去を知るグラフスがふざけた態度ながら「昔のアンタは鋭いナイフみたいだったわ。触ったら指が切れそうやった」としゃべくっていたことをフランツは思い出した。
それと関係があるのだろうか?
「向こうの世界でのことか? 鏡の世界の」
「ああ、そうだ。俺たちはみんなあそこからやってきた! オドラデクの友達なんかまっぴらごめんだ! 帰ってくれ! 帰ってくれ!」
小箱はわめき散らした。
オドラデクものんきそうな顔をしてやはり過去には後ろ暗い物を抱えて生きてきているようだ。
フランツはもっと知りたく思った。




