第百話 物いう小箱(1)
――オルランド公国エンヒェンブルグ
スワスティカ猟人フランツ・シュルツは町を歩いた。
前にエンヒェンブルグに来たのはいつだろう。アデーレとは何度も会ったことがあったが、結果としてルナのお供で来たことの方が多かったかもしれない。
綺譚蒐集者ルナ・ペルッツは町の隅々まで歩き回り、人から話を聞いていた。
最近は遠くに旅をすることが増えたものの昔は手近なところから訊いて回ることもあったのだ。
「必ずしも遠くに輝かしい話が転がっているとは限らないとルナは言ってたな」
近所でものすごい綺譚を集めたこともある、君も訊けばいいと誘われた。
フランツは話など興味はなかった。いや、小説を読んだりするのは好きだ。
だが一般人の話を熱心に訊き込んだりすることはとても出来ない芸当だ。
体もなまってしまうではないか。剣を振るう方がずっと良い。
今日はそんな都合の良い武器を探すために店を探しているのだ。
「シュルツさん、どんな剣を選びます?」
処刑人のメアリー・ストレイチーが訊いた。最近やたら熱心に接近してくる。つかず離れずどころか離れず離れずだ。
「硬くて丈夫なやつなら何でも良い」
「それはつまらない!」
メアリーは叫んだ。
――なんだよ。やたら煽るな。
今はオドラデクがルナたちの方へいってしまっているから、メアリーを押さえる相手は誰もいない。
「どうせなら呪われた謂われある剣にしましょう。持ったものは三年以内に死ぬとか、逆に永遠に行き続けるとか。それぐらいじゃないと面白くありませんよ」
メアリーは楽しそうに語り続ける。
「俺は嫌だぞ」
「そもそも、シュルツさんは長生きするつもりはなかったんでしょう? ならどんな呪われた剣にしようがかまわないじゃありませんか。逆にそんな剣を持っている方が武名もとどろくでしょうし」
「長生きするつもりはないが自分から死ぬつもりはない。また武名をとどろかせようとするつもりもない。猟人はそもそもそんな存在ではない。影のように動いて未然にスワスティカ残党を狩る。それだけが望みだ」
フランツは目立ちたくなかった。実際今までのところルナのように道行く人から声をかけられるほど有名になってはいなかったし、シエラレオーネ政府に送った報告書が漏れると言うこともなかった。
フランツはまったく無名人として社会を歩き回れる。
「キミはそんなに臆病なの?」
自称反救世主と言うが、フランツはよくその実態を知らない大蟻喰が話しかけてきた。
「臆病なら臆病と思ってくれていい。俺は臆病でも最後に勝つほうを選ぶ」
「キミはルナを殺す気だったでしょ。そういうやつに勝たせたくはないな。もし今後殺すそぶりを見せるならボクが殺す。キミ隙だらけだもん。殺ろうと思えばすぐに殺れるよ?」
大蟻喰はフランツを指さす。
「私がさせません」
メアリーが間に入った。
前までは勝手に死ねと言うような態度だった――と言えば言い過ぎかもしれないが、少なくともフランツの生き死にには無関心だったはずだ。
だが今メアリーは殺気を見せている。大蟻喰が得体の知れない存在感を醸し出していることに最大限に警戒しているようだ。
「ははっ、キミは少し腕が立つようだな」




