第九十九話 うろんな客(14)
ズデンカはまた自分を恥じた。こういう人間だとあたりを付けていたものが――いや、正直言ってしまえば舐めていたのが、まるで誤りだと気づいたからだ。
己のとらえ方だけでは物事を見誤る。出来るだけジナイーダの話を訊き、知らないことを知るべきだったのだ。
「ズデンカの名前も載ってたよ。ほんと感動した。まさか知ってる人が献辞に書かれてるなんて……書いたのはやつだけど」
途中まで朗らかな顔で言って最後でジナイーダは顔をわずかにしかめた。
「まああたしの名前はたいしたことない。あくまでルナの話だからな」
「いや、そんなことないよ。君には色々協力して貰った。君の力がないと、作れなかった本だよ」
ふらふらしていたルナがぴくりと眉を上げて言った。
「一緒に作ったと言ってもいい」
「いや、あたしは何もしてない。全部書いたのはお前だ」
ズデンカは繰り返した。
――いまさら、あたしのおかげって言われてもな。
「そんなことないよ。今度出る『第十一綺譚集』なんか君との冒険がなければ書くことは出来なかった」
ルナはしみじみと懐かしそうに語った。
その様子を見て、ズデンカは何も言い返すことが出来なかった。
「ともかく、うろんな客にならなくて良かったじゃないですか。ルナ・ペルッツ」
オドラデクが静かに言った。
「ああ、そうだね。アデーレに感謝だよ。アデーレがいなければ私など怪しまれてつまみ出されていただろうさ」
「あなただから、許されてるようなところがあるんですよね。他の民間人はこんなところに立ち入りは許されていないのだから。あなたは特別なんです」
オドラデクは説いて訊かせるように続けた。
「何が言いたい」
ズデンカはその目の前に立ちふさがった。
「ルナ・ペルッツをうろんな客だと見なす人は存外に多いってことです」
言葉を換えてカミーユも同じようなことを言っていた。
ルナは思いの外嫌われている。ズデンカがもっとも腹が立った言葉だ。
だが、それは事実でもある。
ルナのように自由に生きている人間は、自由に生きられない者たちからは憎まれる。妬まれる。
それでいてなお、反論の余地はない。
なぜならそのように生きられているのは結局運が良かったから、意外に言いようがないのだ。
同時にまた、今苦しい暮らしを贈っている者たちは、先の大戦で殺された者たちは運が悪かったから、と答えるしかない状況というのは存在する。
ズデンカは人間ではなかったが、それぐらいはわかる。
どうしてあの人は死んで、自分は生きているのだろう?
戦後を生きている者たちは少なからずそう考える。
ズデンカもそう考える。
そして、傍目から見ればルナは――どのような苦悩を抱えていたとしても――楽な暮らしを送っている側になる。
恨みを浴びるのは仕方ない。ズデンカも結局そう思うし、ルナもそうだろう。
司令部の外へ出た。合流を約した町の外へと向かって一行は歩みを進める。
「さて、フランツの野郎はどんな武器をかってやがりますかねえ。気になるなあぁ」
オドラデクは意図的に乱暴な言葉を使いながら、歩いて行った。
――フランツが何か悪さをやってなかったら良いのだが。
ズデンカはいまだにフランツを信じられない自分をやはり恥じた。
己のとらえ方だけでは物事を見誤る。
やはりそれは、確かなのだから。




