第九十九話 うろんな客(11)
「結局あなた以上に強大な盾はないでしょうって話ですよ、ズデンカさん。あなたは頑丈だ。何しろフランツさんの脇腹を殴りつけるほどですからね」
「なんだと? それは本当か? メイド?」
アデーレは憤りに満ちた表情でズデンカを見た。
「ああ、殴ったさ。それもこれもやつが『仮の屋』炎上を引き起こしたんじゃないかと早とちりしたからだ。当然その後ちゃんと謝っておいたぞ」
「謝って済む問題か? フランツは優秀だ。のちのちシエラレオーネ政府の要職につくかもしれない。われわれシエラフィータ族にとっては希望の星なんだ。それを暴力でしか解決できないお前は……」
アデーレは説教を始めた。
ズデンカはもう出ていきたいと思い始めた。
紹介状はまだ書いて貰っていないので、そういうわけにはいかないが、アデーレの説教はあまりにもつまらなく長ったらしかったのだ。
「お前のせいだ。オドラデク」
ズデンカは呟いた。
「何でボクのせいなんですかぁ?」
「お前がまとまりかけてた話をややこしくしたんだ」
「ほんとにルナ・ペルッツを南の要塞なんかに置いておけるって、ズデンカさんは思ってるんですかぁ?」
オドラデクは目を細めて耳の孔をほじりながら言った。
「まああたしも本心じゃ思わんよ」
ズデンカは正直に答えた。
「やっぱりそうでしょう。そりゃ一日ぐらいは我慢できるかもしれない。でも二日も三日も、一週間もなんて無理ですよ。これまでの人生でルナ・ペルッツが動いてなかったときありましたか?」
「なかったな。大概数日でどの街も出て行ってしまう」
「でしょう。現実的に考えて、そんな人を要塞で匿っておけますか?」
「おけないな」
ズデンカは素直に認めた。実際ルナは脱走してでも逃げようとするだろう。
「なら、あなたが盾になるしかない。それはご自身でもよくおわかりなんじゃないですか?」
オドラデクはすっくとズデンカを見据えた。その瞳はやけに澄んでいて、底知れなく感じた。
ズデンカは思わずそらしてしまう。
「とりあえず、シュトローブルに向かうぞ。ルナ、お前は行ったことなかったはずだ。一度はあの要塞を見ておけ。残るかどうかはその後判断しろ」
「う、うん……」
ルナは力なく頷いた。
「ふーん、そういう選択でいいんだぁ~まあぼくは別に何も言いませんけどね。でもズデンカさん、ずっとそばにいるあなたより遠くから眺めた者の発言のほうが、より信頼できるって場合はあるかもしれませんよ?」
ズデンカはなんとなくもやもやした感じがした。
――あたしよりルナのことがわかる? 馬鹿言うんじゃねえ。
そう怒鳴りつけてやりたかったが、実際のところ、ズデンカはどこまでルナのことを理解しているかよくわかっていない。
ビビッシェ・べーハイムだった過去も知らなかったではないか。
所詮二年ばかりのつきあいであり、実は何も知らないのではないかと思い始めた。
オドラデクのほうがルナの性分を見抜いているのではないだろうか。
――そう考えると、あたしの存在意義って何なんだ。
自分を疑ってしまうズデンカだった。
――本当にあたしはルナを幸せに出来ているのか?




