第九十九話 うろんな客(6)
「お前は立派な客だ。ちゃんとしてればいい。あたしはお前についていく。それだけだ」
ズデンカは言った。
「わたしはいつも怪しまれてるからね。いまさらうろんじゃありませんなんて言えないよ」
ルナは答えた。
ズデンカはもう答えなかった。足を出来るだけ進める。ルナはジナイーダにも絡み出した。
「ねえジナ、シーシャやったことある?」
ジナイーダは顔をしかめて無視していた。
「おい、変なもんをジナに薦めるんじゃねえ」
ズデンカはついつい反応してしまった。
「変なものじゃないさ。人生をよりよくするものだよ」
ルナは答えた。
ルナは自分の置かれている状況がいまいちぴんときていないだろう。絶体絶命とまでは言えないが、あまり望ましい状況ではない。
だが「うろんな客」という言葉をよく考えてみれば、ルナは自分を客観的に捉えているのかもしれない。
どこにも属さないし、誰にも認められない。そういう孤独感がにじんでいたのかもしれない。
「ほんとにルナさんってうるさい人ですね」
オドラデクが話しかけてきた。
「お前が言うか」
ズデンカは呆れた。
一行はエンヒェンブルグの陸軍司令部に入っていた。前、脱走兵の少年のことで話しに来て依頼だから一年近くは前のことになる。
「だってぼくは黙っていたいんですよ。そりゃそうでしょう。こんな陰気な仕事、やりたくもない。あなたに命じられるようなかたちになっちゃってそれ自体もすごく嫌なのに」
「それはお前の勝手だ。メアリーとフランツには秘密だが、お前に個別で礼をしてやってもいい」
「ふん、食べ物につられるぼくじゃありませんよ」
オドラデクはそっぽを向く。
「食べ物のこととは言っていないんだが……」
「え? じゃあ食べ物以外だったら良いんですか? ぼくこう見えておしゃれなんですよ。服を買ってくれたら考えます」
「好きにしろ。金ならやる」
ズデンカは言った。
もう嫌気がさしてきていた。ルナに金を使うな、金でご機嫌をとるなみたいなことを常日頃と言いながら結局自分も似たようなことで相手の気を静めている。
「何者だ?」
守衛の兵士たちがが目の前に立ちふさがった。
「前も来たぜ。ルナ・ペルッツとその使用人一同だ。アデーレ・シュニッツラー陸軍軍医総監に面会を乞う」
「ちょっ、ぼくは使用人じゃあ……うぷっ!」
ズデンカはオドラデクの口を完封した。案の定顔は真っ赤にならない。しょせんは人のふりをしているだけだからだ。
だが非常に乱暴にもごもごうごめいては板が。
「……訊いてみる」
守衛はなかに引っ込んだ。
と思ったらすぐに出てきた。
守衛たちが集まって何かひそひそとささやき合い始めた。合議を行っていたのだろう。
「アデーレさまはいらっしゃる。ルナ・ペルッツとメイド連は通って良いそうだ。だが明らかに怪しいやつがいるな。そいつの入廷はまかりならん」
結局守衛長がなかから現れ、オドラデクを指さしながら言った。
「ぼっ、ぼく? ぼくのどこが怪しいって言うんですか!」
オドラデクは自分を指さして慌てふためきながら言った。
「静かにしてろよ。絶対にあばれんじゃねえぞ」
ズデンカはきつく言い置いてルナを急かしながら、司令部は入っていった。
やはり、以前の記憶はしっかりと残っている。




