第九十九話 うろんな客(2)
「もういいもういい。あたしはさっさと行くぜ。ルナ、来い」
ズデンカはルナの手をつかんで、歩き出した。
「ふぁ~」
ルナはあくびを連発する。
「あんだけ寝てまだ眠いのかよ」
ズデンカは笑った。
「眠いよ。一日八時間寝なくちゃ。それでも目がしょぼしょぼしたりするよ」
「話を書いてるときや聞いてるときは徹夜すらするのにな」
ルナはもう二十八にもなるのに、まだ子供のように徹夜する日もあった。人間は体に堪えると思うズデンカはできるだけ寝させるようにはしているが、なかなか言うことを聞かない。
「それとこれとは別腹さ。ふぁぁぁぁぁぁ!」
ルナはまたあくびをした。
「エンヒェンブルグに入ったらたんまり話が聞けるかもしれんぜ」
ズデンカはこんな時のルナの御し方を誰よりも知っている自信がある。
「シャキーン! え、ほんと、ほんと、どこにいるの? 教えて!」
ルナは騒ぎ出した。
――単純なやつだ。
ズデンカはあきれた。
「ここにはいない。エンヒェンブルグに行けば会えるかもしれねえぜ、さあ早く出ろ」
ズデンカはそう言ってルナを引っ張ってテントの外へと出た。
一応事前に確認はと言っていたのだがオドラデクが変身したテントはすでに移動手段の手足を消して、何の変哲もないテントかのように草むらに設置されていた。
「ご苦労さん」
さすがにズデンカはねぎらった。あまり信用のおけない軽薄なやつとは言え、ここまで協力してくれたのだから相応の礼はしておかないとと思ったのだ。
「えっへん。ぼくがいないと、今頃徒歩で皆へとへとになっていましたよ」
オドラデクは自慢した。
「おいおい、それじゃあせっかくの功績もふいになるぜ? あたしは疲れないから歩けることは歩けるが……」
ズデンカはさすがにその態度にいらついて言い返した。
「えー、ルナ・ペルッツを負ぶっていくんですか? そんな状況で襲われたら? え? え? 逃げるのでせいいっぱいじゃないですか? 皆と離ればなれになりますよ?」
オドラデクは次から次へと反論する。
ズデンカもさすがに言い返せなくなった。
オドラデクが今回の件で大活躍したことは否定できないのだ。炎に包まれて『仮の屋』が燃え続けるなか、近くに泊まったら顔バレもするし、野宿では負担が多すぎる。
そんななかでオドラデクの変身したテントはとても快適だった。姿を隠したまま負傷した(ズデンカが負傷させたのだが)仲間を休ませつつ、ルナの気が紛れる綺譚蒐集までできたのだから、オドラデクの恩恵は大きい。
「まあ……ありがとよ」
ズデンカはそう言ってルナをつれて歩き出した。
「そういえばオドラデクさんに綺譚を訊くって手もありだな。おもしろいやつをたくさん持ってるだろう。うしうし」
ルナはほくそ笑んだ。
「あんなやつに訊いて何がおもしろいんだ」
「人は何か一つぐらいはおもしろい綺譚を持っているものなのさ。そこに優劣はないよ」
「お前ちょっと前までスタンスを忘れてないか? 『しけた幻想に報いあれ』とか調子扱いて行ってただろ」
「まあ確かにおもしろくない綺譚、蒐集に値しない綺譚もあるにはあった」
「ちゃんと話を完結させろ、みたいなだめ出しもよくしてただろ」
「確かに! でもその方が物事がうまく運んだことは多いだろ」
ルナはウインクした。




