第九十八話 ちっぽけなアヴァンチュール(8)
なぜならそのような気持ちは神に作られてこの方抱いたことがなかったからだ。
我はただ初めて知る感動にただ全身が震えていたのだった。
最初は知る喜びだと思った。
アモスに教えられた魚の知識、釣り針に付ける虫の知識は、長く生きている割には何も知らない我にはとても嬉しかった。
「ファキイルはなかなか覚えるのが早いな」
アモスも口調を崩して話しかけてくれるようになっていた。
アモスはたまに小島に帰ってきた。どこに戻るのかは訊かなかった。
短い時間でもアモスとともに暮らすことができればそれで良かったからだ。
アモスはどこからか木材を運んできて小さな家を作った。
「君と一緒に暮らしたい」
アモスはそう言ってくれた。我は神に作られた理由も忘れて二つ返事で頷いていた。
我とアモスはともに小さな部屋の中で暮らすことになった。
幸せな日々だった。本当に何もかも忘れて昼は釣り、夜ではアモスと寝台で眠った。
月日は瞬く間に過ぎ去っていった。
だが、結局長くは続かないということを我は知ることになる。
ある日何も言わぬまま出て行ったアモスが長く戻ってこなかったのだ。五年という短い歳月だが、人間がなぜこの年月を長く感じられるのか、その時初めてわかった気がする。
ほこりが部屋に積もっていく部屋のなかを我はろくに掃除すらできもせず眺めていた。寝台で一人横になって。
我はアモスを探すために小島を出発した。
空を飛び行く大陸も通り過ぎて、我はとうとう五年をかけてアモスのいる場所を見つけ出した。
アモスは妻子を持っていた。若い妻と幼い子供で楽しい家庭を築いていた。我はそのことを一切聞かされていなかった。瞞されたと言う気はしなかった。
だが、我は悔しかった。アモスは我と暮らすことに飽きてしまったのか。そればかりが寂しかった。
我はアモスの前に降り、問いただした。
「俺は君と暮らすことができなかった」
アモスは我を見るなり言った。
「どうしてだ?」
我は訊いた。これまで生きてきて、これほど情を絞り出したことはなかった。
「俺は子供が欲しかった。男神は人間の女に子供をいくらでも生ませられる。でも人間の男は女神には子供を生ませられない」
「我は神ではない!」
そのときほど、いつもの決まり文句を力を込めて繰り返したことがあっただろうか。
「だが、君との間に子供は生まれなかった。それは事実だ。だから、もう君とは暮らしていけない」
「最後に海を見てくれないか。一緒に」
我は頼んだ。ふと気分が落ち込んで口にした言葉だった。
「……海か。短い時間ぐらいならとれる。連れて行ってくれ」
我はアモスを背中に乗せた。そうやって二人で旅したことは、幸せだった頃には何度もあった。
二人は元の島に戻った。
まるであの頃のように海を眺められた。二人で何時間も。
我はとても嬉しかった。
だが。
「あまり長く時間はとれない」
アモスは、遠くを見てとても冷たい目で言った。
もう二度と過去には戻れないのだと知った。すでに長い時間を生きてきていた我にとっては、このことはとても悲しかった。
だから、決意した。
アモスを、ここで殺そうと。




