第九十八話 ちっぽけなアヴァンチュール(4)
「屋敷に戻ることは絶対にできん。むしろ町を出るぐらいは考えた方がいい」
ズデンカは言った。
「えー」
ルナは残念そうな顔になった。
「だってそうだろう。今お前は怪しまれている。リヒテンシュタット事件を忘れたか? そんななか屋敷が出火したとなれば、どうなる? ルナ・ペルッツはやはり怪しいというイメージが固まる」
「そうだね」
ルナは煙を吐いた。
「こんなところにはいられねえだろ。そうだな、またエンヒェンブルグに行ってアデーレにたよろうぜ」
陸軍軍医総監アデーレ・シュニッツラーはルナの有力な支援者の一人だ。
もちろん、金銭的な面でルナに不十分はないのだから、支援はもっぱら政治的・軍事的なものが中心となる。
例によってズデンカはあまり好きではないのだが、現在苦境にあるルナを救うためには協力を仰がなければならない。
「アデーレか」
フランツは言った。
「悪いのか?」
「いや、アデーレなら、決して悪いようにはしないだろう」
「だろう。当分はアデーレのやつを頼るしかないようだ」
「わたしは旅に出たいんだけどな」
ルナは言った。『仮の屋』が灰燼に帰そうとしているのに、まだまだ旅をして話を集めようとする根性はけなげと言えるのかもしれない。
「エンヒェンブルグでも話は落ちてるかもしれねえだろ。もちろんずっととどまる訳じゃねえ。アデーレの庇護を受けながら今後の方向性を決めるだけだ」
「そうか……あちらにはしばらく出向いてなかったしね」
ルナは考え直したようだった。
「それにしてもこいつ顔が真っ赤だな」
ズデンカは必死で歩くメアリーを見た。やはりさすがにフランツを持ち運ぶのは至難の業らしい。
「フランツさん~フランツさんやぁ~い!」
オドラデクがものすごい勢いこちらに突き進んできた。
「げっ! ズデンカも来てるじゃん。何なんですかこれ! しかもなんかフランツさんバカ女に抱きかかえられてるし!」
「来て悪かったな。お前もフランツを抱えろ。こいつ一人だけだったら、とても無理だ」
「えー、なんでぼくがぁ。こんなにか弱いのに!」
オドラデクは不満たらたらだ。
「我がやる」
ファキイルがメアリーの横からフランツを抱えた。
「お前にやってもらう訳には……」
フランツは気まずそうに言った。
「フランツは仲間だ」
ファキイルは答える。
ずいぶんしっかりした紐帯が犬狼神とフランツの間に結ばれているのだなと、ズデンカは思った。
そういえば、間近に連中の日常的なやりとりをみるのはこれが初めてといっていいかもしれない。
「まさかファキイルとお目にかかれるとは思いもしなかったよ。色々綺譚を訊いてみたいけれど、すぐには無理そうだな。君が怒らせちゃったから。ふふふふふふふふ」
ルナは明るく笑った。
「悪かったな」
ズデンカはふてくされた。
「ファキイルの話は俺も 訊いてみたい」
フランツが言い出した。
「そうか。話してもいい頃かもしれないな」
ファキイルが答えた。
「これはこれはファキイルさんではないですか」
と、いきなりズデンカの肩にネズミの三賢者メルキオールが走り上ってくる。
「もう久しいことお探ししていたのですよ。ここで巡り会えたのも何かの運、運です!」
メルキオールは長年探していた存在と巡り会えて歓喜しているようだった。




