第九十八話 ちっぽけなアヴァンチュール(3)
「あばらが……折れた……」
フランツは脇腹を抑えながら七転八倒している。
「ざまあみやがれ!」
ズデンカは叫んだ。
「どうしよう。なんか治すものある?」
ルナは相変わらず暢気に言う。
「蔦の葉が……ある」
フランツは青息吐息でつぶやいた。
「シュルツさん!」
メアリーはズデンカから離れ、フランツのシャツを剥ぎ取った。
「蔦の葉はどこにあるんですか?」
「革袋に詰めて……いる」
「これだ」
ファキイルが運んできた。ズデンカと一瞬目が合った。ものすごい表情にらまれた。
ズデンカは一瞬たじろいだ。
――こいつは、犬狼神とも言われている。
ズデンカでも敵うかわからない。もちろんルナに危害を加えてくるようならばズデンカは徹底的に戦うつもりでいたが、できるだけ戦いたくはない相手だった。
「フランツは、ルナを守った。屋敷が襲われても、助けようとした」
ファキイルはズデンカに言った。
「……」
ズデンカは反論しようがなくなった。
あまり表情を変えないように見えるファキイルがここまで熱心な瞳でにらみ据えながら言うのだ。
フランツはルナを守ったのだろう。守って、ここに連れてきた。
命だけでも助けてくれたのだから、むしろ恩人かもしれない。
ズデンカは後悔し始めた。
ひっくり返ってうんうんうなるフランツの赤く腫れた脇腹へ、メアリーは何枚も蔦の葉を張り付けていっていた。
「これはいい……痛みが引いていく……」
ようやく一息ついたのか、フランツの顔は少し安らいだ。
「……すまんな」
ズデンカはフランツのところに近づき、頭を垂れた。
「ふはっ」
フランツは笑った。
「なぜ笑う」
「いや、さっき偶然謝らないようなやつが謝った現場を見てな。お前まで謝るのかよと」
「あ? だったら悪いか。あたしは自分が悪いと思ったらすぐに謝ることに決めてるんだよ!」
ズデンカは声を荒げた。
「悪くないがよ。偶然の一致には笑うしかないような場合だってある」
「……」
ズデンカは顔をしかめながら、遠くを眺めた。
林のなかは静かだ。だがカミーユはやがてやってくるかもしれない。何しろヴェサリウスを使って空から俯瞰できるのだ。
ズデンカが派手な動きをしたので余計見つかりやすくなった。
――あたしも人のことを言えん。
「さっさと移動するぞ。フランツはあたしが抱えていく」
「いや、私ちゃんが抱えます」
メアリーが主張した。
「お前のような細腕が持てる訳ないだろうが」
ズデンカは見下げたように言った。
「いや、できますよ。これぐらいできなければ処刑人の名が廃ります。よっこいしょっと」
そう言ってフランツをメアリーは抱え上げた。少し顔が赤くなってはいたが、そのまま何歩も進む。
「無理すんなよ」
ズデンカは言った。
「無理など……うーん……してません!」
メアリーは唸った。
「そういえばやつがいないな、オドラデクだったか」
ズデンカは思い出した。
「やつは屋敷でグラフスと戦闘してその後合流できていない。まあ死ぬやつでもないから、大丈夫だろう」
フランツが言った。




