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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第九十八話 ちっぽけなアヴァンチュール(2)

「あるよ。ズデ公にこそあるのかい?」


 この質問にはズデンカは答えられなかった。考えており触覚も――とりあえずは嗅覚も働くのであるから、あるのだとはいえるだろう。しかしそれは人間のものとはかなり違う。


「黙った」


「軽口はもういい、奴らをつぶすぞ」


 ズデンカは言った。


「どうやって?」


「火ならあそこにある。カミーユもこいつらを捨てるつもりで置いていったんだ。先回りして焼き尽くされると考えたからだろう」


「なるほど、それは一理ある」


 大蟻喰は頷いた。


 ズデンカは走り出した。一体の『人獣細工』と対峙する。


「さあデカブツめ」


 ズデンカは組み付いた。相手も力が強い。だがこれまで戦ってきた相手に比べれば、何とかなった。


 動きも思っていたより速いがズデンカの速度なら十分ついて行ける。


「よっこらしょ!」


 ズデンカは『人獣細工』を業火の中へと放り投げた。


 たちまち『人獣細工』は焼かれて粉々に砕け去っていった。


「やるじゃんズデ公!」


 珍しく大蟻喰が喜んでいる。


「お前も手伝え!」


 ズデンカはさらにまた新しい『人獣細工』を業火に投げ入れた。


「わかったよ!」


 大蟻喰は前進の筋肉をメリメリとふくれあがらせて、『人獣細工』をひっつかみズデンカと同じようにした。


 何体も何体も投げ入れる。


 とうとういなくなった。結果として時間はだいぶかかってしまった。


 カミーユのもくろみは成功したわけだ。


「ルナを追うぞ!」


 ズデンカは走り出した。


 大蟻喰も追随する。


「しかし、どこに行く?」


「わからん」


 ズデンカは困惑した。


「ズデンカ! ズデンカ!」


 そこへ明るい声で何者かが駈けてきた。ズデンカにはすぐわかった。


 自分の闇の娘にあたるジナイーダだ。


 接近は何となく直感でわかるのだ。


 さすがに遠くにいすぎた場合はわからないが、近くなら気配ぐらいは気づく。


「どうした? 一体何があった?」 


 ズデンカは訊いた。


「カミーユに屋敷が襲われた。ルナたちは逃げた、たぶんあっちの方へ。私はズデンカを探すことにしたんだ」


 ジナイーダは北のほうを指さした。


「よし、お前ら行くぞ!」


 三人は進んだ。しばらく行くとうっそうと茂る林があった。


 ズデンカはいち早くそのなかに入り込んだ。視界を鋭くとがらせて、敵を探す。


 ズデンカはたちまちにフランツ・シュルツを見つけた。


 猛ダッシュに次ぐ猛ダッシュ。


「馬鹿野郎!」


 狙うのは脇腹にした。しかも力はだいぶ落とした。しかし強く殴った。


 フランツは地面にぶっ倒れた。


「ズデンカさん、いきなりなんですか?」


 メアリー・ストレイチーがズデンカの後ろ側に回り込んでナイフを喉にあてていた。


 もちろん不死者のズデンカにとっては、こんな真似をされてもコケ脅しにしかならない。


 しかしズデンカはメアリーの明確な敵意を感じ取っていた。前まではなかったものだ。


「お前らがルナを危険にさらしたんだろうがよ」


「まあまあ、ちょっとしたアヴァンチュールさ。こんなのは」


 ルナが微笑みながら近づいてきた。どさくさにまぎれて新たに点けたのかパイプから煙を吐き出している。

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