第九十七話 妖翳記(18)
「あなたがたは?」
幽霊は訊いた。
「これはこれは初めまして、わたしはルナ・ペルッツと申しまして諸国を旅しながら、綺譚をかき集めているものです。幽霊さんにはぜひお会いしたかった。といってもあなたは実在の幽霊さんではなく、こちらにいるメアリーさんの記憶のなかにある幽霊さんなのですけどね」
「……」
幽霊は困惑したように黙った。
ファキイルが近づいてきた。
「ファキイルさま」
幽霊はかしこまった。
「おやおや、私ちゃんにそんな記憶はないですよ。本当に記憶から再現したんですか?」
メアリーは懐疑的だった。
「あくまでわたしの作り出した幻想は自律的だよ。そりゃ無理に従わせることもできなくはないけど、大概はその幻想に任せてる」
ルナは大仰だが、しかしながらきわめて適当な言い訳をした。
「ファキイルさん、あなたからも言って聞かせてくださいよ。屋敷に住み着いて人を迷わすなって」
メアリーはうざったそうに言った。
「あなた方は、あの屋敷に住んでいたのですか?」
ルナはとつぜんふいと質問した。
「いいえ……」
幽霊は控えめに答える。
「え、それはどういうことなんですか?」
ルナはすかさず質問を広げる。
「あの家の周りに集まってきていました。年に一度の集会で……」
幽霊は小声で言った。
「ふむふむ。じゃああの家は幽霊屋敷ではなかったんですか」
「はい……」
「だそうだよ、メアリー。君の観測はなかば当たっていたようだ」
ルナは言った。
「そんな信じられますか。じゃあまるで私ちゃんが何もしてない幽霊さんたちを焼き払ったようじゃありませんか」
メアリーはまた向きになって言った。
――さすがのこいつも何もしてないやつらを焼き払ったとなれば罪悪感がとがめるか。 フランツは心なしか唇が緩んでくるのを押さえられなかった。
「あなたがたは焼き払われたぐらいで消えますか?」
「いいえ、光によって一時的に消えはしますが……残り続けるでしょう」
「メアリーの推測通り、幽霊さんは消えただけみたいだね。だから君に罪はないよ」
ルナはにんまりした。
「……」
今度はメアリーが黙る番だった。フランツはざまあと思った。
メアリーは幽霊たちは消えたと話のなかで語っていた。その通りだったのだ。しかし、焼き払ったことがとがめられていると想ってそれが精神的プレッシャーとなったのだろう。
――やはりこいつは大胆不敵なようで子供っぽいところもあるな。
今までのメアリーに対する印象をフランツはより強固なものにした。
「まあ幼少期のなぞがはっきりしたようでよかったじゃないか。ブラヴォ! ブラヴォ!」
ルナは手をたたきながら叫んだ。
「……なさい」
苦渋の顔になっていたメアリーが一言漏らした。
「ん、どうした?」
フランツは驚いた。
「ごめん……なさい」
メアリーは謝っていたのだ。
「どうして謝るの? 君は幽霊さんたちを焼き払っていないんだよ。君の言ったとおり、あくまで一瞬消えただけだ」
「だけど……なんか悪いことのように感じられてきて……幼稚だったなあって」
メアリーは真剣な表情だった。フランツは意外に思った。
だがこのあたりの割り切れなさがカミーユ・ボレルとメアリーが決定的に違う部分なのかもしれない。




