第九十七話 妖翳記(14)
これは戦争末期のお話です。私ちゃんは家族を亡くして、孤児になりそうだったところを、本家の方で養育されたと言いましたよね?
その頃の話です。カミーユと出会うよりも前です。
私は当時幼い子供でした。本家のほうの屋敷にはすぐには入れて貰えず、その別荘で生活することになったんです。
ここが噂の幽霊屋敷だったんですよ。海辺にある、寂しい場所でした。
都合一年はいましたね。
同年代の子は誰もおらず退屈だし暇なので海の方ばかり眺めて潮風が吹いてきて、冬になると身を切るように寒かった。
――幽霊なんている訳ない。
合理的な性格をしている私はそう思っていました。いやな性格って思われるかもしれませんね。
でもこの世界を旅して回っていると理外の理っていうんでしょうか。
不思議なできごとなんてたくさんある、いや、むしろありふれるほどありふれているってことはわかって、私ちゃんの幼い合理性こそもっとも非合理だったんだってわかってきました。
まさか犬狼神とか変な生き物(おや、オドラデクさんのことじゃないですよ?)と旅をすることになるなんて思ってもみませんでしたからね。
閑話休題。話を元に戻しましょう。
要はそんな私が初めて幽霊という超自然のものを見た話です。
その家にはドロテアおばさまがいて、この方は本家の人でした。私はその人に礼儀作法などを色々仕込まれることになりました。
今みたいにどこに出しても恥ずかしくない淑女になったのはおばさまのお陰です。
で、そのおばさまがいわゆる『見える』人でした。
夜になって皆が寝静まった後、家中の食器がカチャカチャ震える。
灯りが点いたり消えたりする。
そんな話を訊かされたのです。
疑り深い私ちゃんは、ずっと起きていてそんな観察してみました。
結果。
ぜんぜんそんなことは起きませんでした。一週間ぐらいは調べましたよ。
食器は綺麗に置かれたままだし、灯りは消えたまま。お陰で闇のなかでもじっとしておくスキルは身につけましたけどね。
もちろんおばさまもグースカベッドで眠りこけています。
本人が幽霊を見る余地なんてないのに、如何にもそう信じ込んでいます。
しかもおばさまの顔を見るかぎり真顔そのまま。
それは恐らく嘘ではないのでしょう。処刑人の腕は劣るとは言え、基本的には善良な方です。ドロテアおばさまは恐らく何かを見ていたのです。
ただ単にそれを私ちゃんは観測できなかったのでしょう。
――幽霊なんかやっぱりいないんだ。
私はそう強く信じ込むようになりました。
しかし、それからあまり日が経たないうちにその信念はたやすく覆されることになるのです。
処刑人としての実技を積みたい私ちゃんでしたが、ドロテアおばさまは礼儀作法ばかり躾けてきます。
結局おばさまはそう言った実技方面ではからきしだと気付いたのはかなり後になっての話。
まあお試し期間ってやつだったんでしょうね。
ちなみにこのお話以降、私は本家に引き取られて実技の方も学ばされました。デモそれは今は別の話なのでさらっとだけ触れておくだけに留めて置きますね。




