第九十七話 妖翳記(13)
メアリーは小さな紙切れを取りだし、何か書きつけた。
鳩の足に括り付けられた通信筒に丸めてなかに入れる。
鳩は勢いよく放り投げられた一片の手袋のように夜の闇へと飛び出した。
「何羽ぐらい鳩を飼っている?」
フランツは驚いた。他にも周りに控えている鳩は何羽もいたからだ。
「おおよそ百羽はいますよ。カミーユはこう言う小細工を好まないんですが……私は才能がないので」
メアリーはしみじみと言った。もう涙の痕は感じられない。
「情報はこいつらで入手したのか」
「人伝もありますよ。鳩がいない地域もありますからね。まあ一都市に何羽かは移動させています」
用意周到だ。
もしかしたらフランツもこの森に来たのは自分の意志ではなくメアリーにコントロールされたのかなとも一瞬だけ考えた。
――泣いていたくせに。
いくら自分の感情を晒しても、どこか守りは固めている。
メアリーはそんな性格をしているのかも知れなかった。
「さて、ズデンカさんには知らせました。私ちゃんたちはここで待ってる位しか出来ないわけですが」
メアリーは言った。
「それじゃあ綺譚だよ。みんな、いろいろ経験してる人ばっかりだからさ。例えばフランツ、君でもいいよ。諸国を旅して面白い綺譚を訊いてきているんじゃない?」
ルナはくるりとフランツのほうを向いた。
「俺に語る話はない。昔言っただろ」
「へえ、シュルツさん、ミス・ペルッツとそんな話してたんですね。訊いたことなかった」
メアリーが近付いてきた。
「お前と出会う前だからな」
フランツはなぜか緊張した。
「メアリーでも良いんだよ。君もいい綺譚を幾つか持っているだろう? 暇潰しにどうだい」
「面白そうですね」
メアリーは笑った。
「お前に話す話なんかあるのか? 処刑人としてずっとオリファントにいたんだろ?」
「ありますとも。それもとっておきのがありますよ。幽霊屋敷の」
メアリーは笑った。
「幽霊屋敷! それは面白い。あまり集めたことないんだ! 今すぐ訊かせて」
ルナはどっかりと地面に腰を下ろし、鴉の羽ペンを取り出して、古びた手帳を開いた。
フランツも坐った。
キミコは立ったまま遠くから様子をうかがっている。地面に坐るなどとても不可能なのだろう。
メアリーもどっかとスカートを紮げてあぐらを掻き話し始めた。
「バルトロメウスさんが先ほど仰ってましたね。妖しい翳と。それで思い出したんです。妖しい翳を見る話があったと……」
「妖しい翳を見る話?」
フランツは訊いた。
「そうです。ちょうど今日みたいに屋敷を囲うみたいにだったんで面白いですね。でも今日みたいな粗暴なものではなく、ずいぶん憐れで物悲しいお話です」
「なんだそれ! 凄く気になってきたなあ!」
ルナはチョロチョロ手帳に書き付け始めていた。
「幽霊話はシュルツさんは怖いのでは?」
メアリーは冗談っぽく笑った。
「いや、そんなことないぞ。どんどん話せ。俺は訊くから!」
フランツはなぜか無性に腹が立った。
「それじゃあ、お話ししましょう。皆さん、ご傾聴あれ」
メアリーは話し始めた。




