第九十七話 妖翳記(11)
「こんな時に……なんでそんなわけのわからんことを」
「カミーユに言われたからです」
「そこは否定しろよ!」
「否定できません。事実だからです」
「じゃあ今後どうするんだ」
「どうもしません。私はカミーユを追います」
メアリーの表情はあからさまに曇っていた。
「俺と追うのか」
「そうです。言ってくれたじゃないですか」
「……」
フランツは黙った。まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
「もう嫌になりましたか? 私が嫌いですか?」
メアリーの声が打ち震えていた。
カミーユと遭遇したし、感情的に乱れているのだろう。
フランツはそう思おうとした。
しかし、メアリーは目に涙を溜めて自分を見ている。
フランツは驚いた。
「どうしてそんな顔をする」
「なぜだか、わかりません」
メアリーは言った。
フランツはずっとメアリーを大人のように思っていた。だが、よく考えれば自分より何歳かは若いのだ。
子供のようなところが残っていても不思議ではない。
フランツは必然的にメアリーを抱き寄せていた。
「べっ、別に変な意味でするんじゃないぞ。お前が泣き止むまで……こうしておいてやる」
フランツは言った。
「ありがとう」
メアリーの身体は思ったより小さかった。温もりが伝わってくる。
「お前はお前でカミーユを追えばいい。俺はルナを守る……そうだ。ルナのところへ行かないと」
「まだしばらく……こうしていて」
メアリーは言った。
「クソッ」
フランツは苛立った。
と、そこにふんわりと空からファキイルが舞い降りてきた。もちろん、ルナとバルトロメウスも連れている。
「フランツ」
「ルナに怪我はないか」
フランツは急いで訊いた。
「無事だよ。でも……あれだけ集めたものが全部燃えちゃった。幸い直前まで書いてたものは持ってきてたから大丈夫だけど」
とルナはしょんぼりしながら言った。
「命があるだけいい。死んだら元も子もない」
フランツは言った。
「でも……カミーユ」
ルナはまた悲しそうな顔になった。
「あいつはもう敵でしかない……そうだ、キミコはどうした?」
フランツはキミコが屋敷のなかで逃げ遅れたと考えた。
――死んでしまったのか?
悔やみたくなったその瞬間。
「ルナさま! 皆さま!」
魔法のランプを腋に挟んでキミコが走り寄ってきた。
「どうやって逃げた?」
フランツは驚いた。
「脱出口があったのです。私は地下室を通ってここまで出てきました」
キミコは顔を顰めながら言った。灰の吹き上がるなかでの移動は彼女にとって苦痛でしかなかっただろう。
――あったのかよ。
フランツは呆れた。窓から逃げるだけではなかったようだ。
「みんな無事で良かったよー。でもどうする? ウチのメイドと合流しなきゃいけない」
ルナが言い始めた。
「そうだな。ズデンカは怒るだろうが……だが仕方ない。カミーユの襲撃は予想されていたわけで……」
フランツは言い訳めかした。
「とりあえずおろしてよ、ファキイルさん」
バルトロメウスがファキイルのてたがみを叩いた。
ファキイルはすぐに言葉通りにする。ルナも降ろした。
「まだふらふらするよぉー」
ルナはひょこひょこ身体を前後左右に振りながら歩いて行った。




