第九十七話 妖翳記(9)
しかし、和んだままではいられない。
フランツは参戦しようとした。しかし、今度はメアリーに手を掴まれて引き止められた。
――なんだよ、こいつ。
メアリーはとても勝ち気だ。
「あの二人は、あの二人で任せてきましょう。私ちゃんたちはカミーユを追う。それでいいでしょう。だって見てくださいよ、『人獣細工』は私が切り裂いたものが二つにわかれて増えている。戦ってもこちらが疲弊していくだけです。妖精たちは伏兵しているでしょうが、カミーユにも恐らくついていっている」
メアリーはそう言い置いて屋敷の入り口に走っていった。
「おい、俺は行くと言っていないぞ!」
そうは言いながら結局メアリーに手を曳かれるままついていくことになる。
玄関の階段を登ってなかに入る。
――ファキイル。何とかしてくれ!
フランツは心で願った。ルナを守れるのはファキイルしかいない。
食堂では食器が入り乱れていた。キミコは隠れている。
ひょっとして遺骸になっているのではないかと思ったが退避行動は上手だったようだ。
元の犬の姿になったファキイルの後ろにバルトロメウスとルナは隠れていた。
ファキイルは牙を剥きだし、うなり声を上げている。よほど、カミーユの存在が不愉快なのだろう。
フランツでもはっきり分かるほど禍々しい気をカミーユは放っていた。まるっきり人間にもかかわらずだ。
カミーユの後ろを固めるように『三つ指のジャック』と、名前を知らない蜥蜴のようなかたちをした妖精がもう一体控えていた。
「ルナさん、ルナさん。一緒に来ましょう!」
カミーユは叫んだ。
「カミーユ、前も言ったよ。君とは一緒にいけない。君はどれだけの人を殺してきたんだ」
ルナは苦しそうだった。
「ですから無理にでも来て貰います。ルナさんの味方は全部殺します。だから私について行かざるをえなくなるんです」
カミーユは強引に言った。
「お前にルナを渡しはしない」
フランツは怒鳴った。
「ああ、めんどくさい。ジャック、パスロ、それにハケス・バラオウ! 全部壊しちゃって!」
カミーユは乱暴にトランプのカードを絨毯に投げつけた。
たちまち筋骨隆々とした目付きの鋭い男が現れ、手に持ったトンカチで当たりの壁をぶち壊していった。
灯火が引っ繰りかえり、絨毯が瞬く間に燃えていく。
濛々とした黒煙が部屋の中に満ち広がる。
メアリーとフランツは炎を避けて後退した。
「まず、住む家からなくしていきましょうね。ルナさん」
カミーユはにっこり笑んでいた。
炎でも構わずパスロと呼ばれた蜥蜴の化け物はあたりを駈け回って、家の中のさまざまなものを破壊し尽くす。
「ルナさんの集めた資料も原稿もこれでおじゃんですね」
ファキイルはカミーユをただ睨みつけていた。
「ルナを逃がさないと!」
フランツは叫んだ。
「でもどうやって? この炎じゃ……」
流石のメアリーも怯んでいる。確かにそうだ。人間は生き物であり、生き物は本能的に火を恐れる。
恐れもせず進んでいるいける訳がない。
ファキイルだけが例外だった。たちまちに広がっていく炎のなかにあっても泰然としてルナを守っている。
だが、人間であるルナは煙を吸い込んだら死んでしまうかも知れない。




