第九十七話 妖翳記(7)
「お前は早く刀になれ!」
フランツは命じた。
「嫌ですよぉ、ぼくも戦いたいです!」
オドラデクはごねる。
「お前が刀になってくれなきゃ、俺はどう戦えばいいんだ」
フランツは嘆き気味に言った。
「腕力でやればいいでしょ」
オドラデクは腕を見せて力こぶを膨らませながら言った。
「中規模程度のナイフなら私ちゃんが幾つも持ってますよ」
メアリーはそう言ってフランツの手を勢いよく掴み、ナイフの柄を握らせた。どうやらスカートの下から取り出したようだ。
フランツは少しドキリとした。柄を強く握り締める。
「すまん」
「処刑人の基本ですよ。身体中に人を殺す武器を身につけておくこと。カミーユもそうでした」
メアリーは静かに言った。
後は無言になって三人は駈けた。
「なんだ……あれは」
夜の闇が深まってくるなか、『仮の屋』の敷地に植わった樹々の間から、幾つも幾つも妖しげな翳が現れ出て来た。
「さあ」
メアリーも表情を硬くして、震えながら見付けている。
それは人と似たようなかたちをしていた。しかし、互い違いに手と足が食い違って、紫色になって膨れ上がり、まるで獣か昆虫のように思われた。
「『人獣細工』。かつて人であった人たちだよ」
突然、涼やかな声が聞こえて来た。
闇の中から微笑んだカミーユ・ボレルが姿を現した。
フランツはそれを見て背筋が氷る思いがした。
――こいつは人だ。
間違いなく人だ。だが幽霊のように化け物のように見ていると血の気が引く。
赤い服だが全身が血に染まっていた。
――どれだけ多くの人を殺してきたのだろう?
フランツは考えた。
「サーカスに行ったんだけどね。さすがにそこじゃたくさん殺せなかった。でも、夜がくる貧しい人たちが路上で眠り始める。そろそろ寒くなる季節だし、どこかで探した布団をしっかりかけてね。私にとっては、都合が良かったんだよ」
メアリーは誰に言うともなしに喋り続けていた。つまり、数多くの路上生活者を殺害したと言うことだ。
「なんでお前はルナを狙う?」
フランツは言った。
「そりゃ、私だけのものにしたいからです。それ以外に理由ありますか?」
カミーユは言った。
――自分だけのもの? なら俺と同じだ。
フランツは計らずもそう思ってしまった。
誰もがルナを愛している。だがルナは決してフランツを愛さない。それと比べればカミーユはまだルナに愛される資格があるのだ。
そんなことを瞬時に考えてしまう自分が情けなかった。
「カミーユ!」
メアリーは駈け出していた。
「おい、先に行くな」
フランツは焦って後を追う。
「メアリー。邪魔だよ」
『人獣細工』と呼ばれたものが物凄い勢いで二人の前に立ち塞がった。
「ルナさんを捕まえないと」
カミーユは歩き出した。
「待て!」
フランツは踵を返そうとした。
しかし『人獣細工』はやったらめたらに手脚を動かし、邪魔をしてくる。フランツは短剣を使ってそれを切り裂いた。
物凄い悲鳴のような声を『人獣細工』は放つ。
しかし、切り裂いた肉片は芝生に落ちてそのまま膨れ上がり始める。
「切っても切っても無限に増えるよ!」
カミーユは後ろを振り返って爽やかに叫んだ。




