第九十七話 妖翳記(6)
「そうだね……」
ルナは突然暗い顔になった。
「カミーユはもともとお前の仲間だったはずだ。どんなやつだった?」
「とても良い子だったよ……」
ルナは悲しそうに言った。
「それはあの子の仮面です。あの子はほんとうは殺人の天才で、人を殺すことなど何とも思っていない。どんな時でもどこでも人を殺します。それはミス・ペルッツもご覧になったでしょう。だから私ちゃんが連れ帰らないと行けないんです」
「あいつを止めるのは殺すしかない」
フランツは言った。
「そんなことないですよ!」
メアリーの瞳にまた青白い炎が燃え上がり始めた。これは怯えなのだとカミーユに言われてからフランツはずっと気になり続けている。
「殺すなんて……いいや、わたしはフランツの選択を否定できるほど善人でも手が綺麗な訳でもない。殺戮者だよ。だからフランツがカミーユを殺すことになればそれは否定しない。でもわたしはその場にはいたくない」
ルナの辛そうに言った。
「あなたの隣に私たちは絶対にいなくてはならない。そうじゃないとズデンカさんにこちらが殺される」
さっきまで殺してやるとか言っていたのにメアリーはまるで反対のことを言った。
この変わりの身の速さ。
最近の態度と言い、フランツはメアリーのことがますますわからなくなる。
「噂をすれば翳さ」
そこにどこかに行っていたバルトロメウスが戻ってきた。
その目は爛々と光ってきている。どうやら夜になったので虎に変わりつつあるのかも知れない。
「ズデンカさんほどじゃないけど、俺も多少は夜目が利くんだ。この屋敷を取り囲むかたちで、妖しい複数の翳が潜んでいる。人間も一人いるな。あきらかにヤバイ奴だ」
「複数の翳だと」
フランツは繰り返した。「ヤバイ奴」はカミーユで間違いなかろう。
「俺もちゃんとハッキリは見えない。だが位置ぐらいならわかる」
バルトロメウスが言った。
「まがまがしい」
ファキイルが一言漏らした。フランツはよくわからないが妖気が漂っていることは明白なのだ。
「カミーユの妖精か?」
「どうも、そのようですね」
メアリーは神妙な面持ちで言った。
「カミーユの妖精? わたしはよく知らない。見えないんだ。列車が襲撃されて大事故を起こしてそこから脱出した記憶はある。でも妖精が暴れているところは見えなかった。ウチのメイドとこのことを詳しく話したこともそういえばない」
ルナはさらに新しい情報を明かした。
「ミス・ペルッツは見れないのですか。私ちゃんとシュルツさんは見ることは出来ます。でもちゃんと戦えるかは……」
メアリーは口を濁した。
ルナが妖精に襲われてしまえば大変だ。しかし、ルナに視認できないとなると見える者で周りを固めるしかなくなる。
先ほどのメアリーの発言がより一層補強されるのだ。
「ルナ。中にいろ。俺がメアリーと様子を見にいく。オドラデクも来い。ファキイル。お前がルナを守ってくれないか?」
フランツは頭を下げた。また頼み込むことになってしまった。だが妖精を捉える事が出来、全方位的にルナを守れるのはファキイルしかいないのだ。
「わかった」
ファキイルはいつものように快く受け合ってくれた。
「ルナ、待ってろよ」
フランツはメアリーとオドラデクに合図して外に走り出した。
「フランツさぁん! 待ってよお!」
オドラデクは大声を上げて近付いてくる。まだフランツは先日[ 『薔薇王』を破壊されて変わりの剣を入手していない。
だからオドラデクを刀身に使うしかかないのだ。
はなはだ役立たずの刀身ではある。




