第九十七話 妖翳記(5)
メアリーはぴしゃりとはねつけた。
「まあいいか。俺もやつに協力を頼むのはむずかしいと思っている」
フランツは言った。
「そうでしょう。ミス・ペルッツの幻想を実体化する能力があればうまく防衛出来ます」
「でもうまく出来るかな」
ルナはパイプを吹かしながら言った。
「やれるだろ」
「まあできないことはないけどね。ここが襲撃されるイメージが涌かないから」
ルナは飽くまで暢気だった。
「確実に襲撃される。いつになるかは知らないけどな。ズデンカが早く戻ってくりゃいいんだが」
「ウチのメイドは優秀さ。すぐに帰ってくるよ」
ルナはだいぶんズデンカを信頼しているようだった。
フランツは微かにだけ嫉妬の疼きを覚えたが、すぐに押さえ付けた。
「まあ用心して置くに越したことはないですよ。ミス・ペルッツがここに住んでいると言うことは世間に知られているわけですし」
メアリーは言う。
「まあここはすぐに発つ予定だからなあ」
ルナは言った。
「発つ? どこへだ」
「さあ、足の向くまま気の向くまま綺譚を求めてどこへなりでも」
ルナは唄うように答えた。
「お前は命を狙われているんだぞ」
「それは前から同じさ。というか前わたしを追っていたカスパー・ハウザーはわたしを捕らえようとしていた。今のジムプリチウスはどうか知らないけどわたしから全部を奪うと言っている。なら死なれたら困るだろう。つまりわたしの命は狙われてないんだよ」
ルナは今日は調子がいいのか、言葉が回るようだ。
フランツはルナをハウザーが捕らえようとしていたことを初めて聞いた。というか二人が具体的にどんな接触を持ったのかも知らなかった。
「パヴィッチだな。お前とハウザーの間に何があった」
「何がって、まあいろいろあったよ。わたしがハウザーに実際に捕まっちゃうってこともあったね。でもメイドの働きで助け出された。ハウザーと対決して葬ったよ。正確にはハウザーにとどめを刺したのはジムプリチウスだけど」
初耳の情報ばかりだ。フランツは驚いた。
「お前がハウザーを殺したのか?」
ハウザーがルナに殺されたという真偽不明の情報は入手していた。列車に乗った際スワスティカの残党の亡霊と遭遇し、そいつらが喋っていたのだ。しかし確証はなく、本当かどうかは疑っていた。
「うん。結果的に殺した。わたしは多く殺しを重ねてきてるし、罪は罪だけど。でも、ハウザーがいなくなって楽になったとこはあるかないや、正確にはウチのメイドなんだけど、わたしも少し協力したかなって……感じ? まあ実際色々助けて貰ったんだけど……ふふふふふふ、これ本人の前じゃ言えないな」
ルナは少しにやけながら語った。そういう笑い方はあまり見たことがないのでフランツは気になった。
「ハウザーの脅威は本当に去ったんだな」
フランツは感慨深く思った。スワスティカの仲でも超大物の危険人物だ。その存在が消滅したということは猟人にとっては嘉すべきことなのかも知れない。
しかしそれが同じく猟人に追われる身のビビッシェ・ベーハイム――ルナ・ペルッツ――によって行われたということがなんとも複雑な気持ちにフランツをさせるのだった。
「しかし、俺は知っている。カミーユ・ボレルは確実にお前を追っている。そして、カミーユはジムプリチウスと繋がりがある」
フランツは前も言ったことを繰り返した。




