第九十七話 妖翳記(3)
「もう止めとけ馬鹿!」
フランツはたまらずオドラデクの頬をひっぱたいた。
「ぐぇっ!」
オドラデクは叫ぶ。
他人の家で食事をねだる厚かましさに、さすがのフランツも恥ずかしさを覚えた。
これが共感性羞恥というやつだろうか?
昔からの友人であるステファンにだって作ってくれなどフランツは言える性格ではない。向こうの好意に甘えることしか出来ない。
しかも、キミコはややこしいのだ。精神に負担を掛けてしまうだろう。
「お前は喰わなくても死なないんだ」
「死ぬかもしれませんよ? ぼく、死んじゃうかも知れませんよ?」
オドラデクは鬱陶しいぐらいに繰り返す。
「勝手に死んどけ」
フランツは声を荒げた。
「ジナイーダさんを呼びましょう。二階の部屋にいますよ。さっきドア越しに話しましたので」
メアリーが言った。
「俺はそいつをあまり知らないんだよな」
フランツはへどもどしながら言った。パヴィッチで何度見かけた気もするが、会話を交わした記憶はない。
ルナたちの連れであることは間違いないがそれ以上の情報はなく、どのような力を持っているのかは不明だった。
だがメアリーの見立てが確かなら戦闘能力はなさそうだ。
「知らないからこそあなたが呼んでくればいいです」
「それがいいよ。なんかわたしはジナイーダさんに嫌われてるみたいで……へへへ」
ルナは照れ隠しのように笑った。
「そうか」
フランツは二階への階段へと歩いていった。
「バルトロメウスさんとファキイルさんも頼みますよ!」
メアリーは人使いが荒かった。
いや、メアリー「も」だ。人使いが粗いのはルナも同じだった。
――どの部屋に誰がいるか知らないのだが。
コツコツコツ。
近くにあった扉をやはり礼儀正しく三回ノックする。
「いるか?」
「いるぞ」
ファキイルだった。
ドアを開けるとぼーっとベッドの上に坐ったままだった。
「下に降りるぞ。俺はジナイーダと、バルトロメウスを呼ぶ」
フランツは手短に伝えた。
ファキイルはベッドから降りのろのろ動き始める。
フランツは他の部屋に向かった。
気鬱だった。バルトロメウスの方も詳しくは知らない。
コンコンコン。
返事がない。
フランツはいろいろな部屋の扉を叩いて回った。
「えっと……どなたですか?」
奥で少し緊張した声が聞こえる。少女の声なので、恐らくジナイーダだろう。
「お前はジナイーダか? 俺はフランツ・シュルツ。ルナの友人だ。さっきこの家にやってきたのは見ただろ。さっきメアリーというやつもこの部屋に来たと思う」
「そうですか。私はジナイーダです。ズデンカと一緒に旅をしてます」
ルナではなくズデンカを強調している。ジナイーダはおそらくズデンカと親しいのだろう。
「お前も下に降りてきてくれるか。ここは何が起こるかわからない。固まっていないと危険だ」
「わかりました」
ジナイーダはハッキリ答えた。
なかの音から動き始めたのがわかったのでフランツは別の部屋の扉のノックに移り続けた。
「どちらさま?」
声が返ってくる。男のものだ。
「お前はバルトロメウスだろ。さっきメアリーが回ってこなかったか」
「ああ、そうだね」
バルトロメウスは淡白に返した。




