第九十七話 妖翳記(1)
――オルランド公国ミュノーナ『仮の屋』
スワスティカ猟人フランツ・シュルツは寝室の窓から外を見おろした。
窓辺には書き物机が据え付けてあるのだ。いかにも持ち主の趣味が現れていた。
また日が暮れようとしている。
――ルナとどう話したらいい?
綺譚蒐集者ルナ・ペルッツは下にいる。邪魔になる吸血鬼ズデンカは今、ルナの原稿を届けに出版社まで行っている。
本来は会話を続けるべきなのだ。だがフランツは寝室でうじうじしてしまっている。
「どうしました?」
処刑人メアリー・ストレイチーの首が横からぬっと出てきた。
「うわあっ」
フランツは驚いて仰け反った。
「なーに、驚いてるんですか。修業がたらんぞ」
メアリーはコツンと指でフランツの額を叩いた。
いまだかつてメアリーがそんな風に喋ったことを見たことがないのでフランツは更に驚いた。
「いきなりやってきたら誰だって驚くだろう」
「ファキイルさんもオドラデクさんも驚きませんでしたよ。ミス・ペルッツも、ジナイーダとか言う人も」
メアリーは明るく言った。
「部屋を回ってるのかよ。止めとけ」
ルナの屋敷はいつ襲われるかわからない。だから本来は皆と合流していた方がいいのだろうが、フランツはとてもそんな気分にはなれないのだった。
「これも調査のためですよ。ミス・ペルッツは書斎で執筆中。話すなら今ですよ。もっとも、私ちゃんも尾いていきますけどね」
「それはわかってる。ルナの書斎は昔から一階だ。っていうか、なんでお前がいくんだ?」
「敵情視察ですよ」
「お前はカミーユを追っているんだろ? ルナとは関係ないだろう」
最近フランツとメアリーは雰囲気がすこし変だ。
「あなたに尾いていくって決めたじゃないですか」
フランツはドキリとした。
「どういうことだ?」
「カミーユは追うけど、シュルツさんたちは仲間として尾いていくって」
「ああ、何だそのことか」
「そのこと意外に何かあるんですか?」
メアリーはきょとんとした。
「いや、ない」
フランツは焦った。
「とりあえずルナのところへ行くぞ」
「はい」
二人は部屋を出て、下に降りた。
普通は二階に書斎を持つものなのに、ルナはなぜか一階に置くことにしていた。
コンコンコン。
フランツは形式を守ってノックした。
「どうぞ」
ルナの声が応じる。
フランツはなかに入った。
ルナは普通のインク壜を使って執筆していた。鴉の羽ペンは話を集める時だけだ。
「あ、やっぱりフランツだった。昔からいつもノックしてくれてたよね」
「へえ、だからどうなんです?」
メアリーはやたら冷たい声で応じた。
「メアリーも一緒か。どうしたの?」
「この屋敷は襲われるかも知れないでしょう。固まっていたほうが良いと思いまして」
メアリーはそれとなく理由をでっち上げた。
「そうだね。えーとこの屋敷には何人居るんだっけ?」
「シュルツさん、私、ミス・ペルッツ、ファキイルさん、オドラデクさん、ジナイーダさん、バルトロメウスさん、キミコさんで六名です。人間じゃない人も含んでますけどね」
「戦闘できるのは四名だ。キミコはまず出来ないし、ジナイーダはよく知らないが不向きのように見える」
フランツはやっと口を挟んだ。




