第九十六話 夢みる人びと(8)
「わかった。僕がなる」
ヘンリクは静かに言った。
「じゃあ、お言葉通りにしてくださいね」
カミーユは磔台に移動してベルトを解き、流血するボグダールカを床の上に引き倒した。
ボグダールカはまだ呻き声をあげ続けている。
もちろん、カミーユはどちらも助ける気はない。ただ殺す楽しみを長引かせようと思い付いただけだ。
横たわるヘンリクをすぐにカミーユは拘束した。
「カミーユ……君は」
そう呟くヘンリクの首に、カミーユはナイフを突き付けた。
「これから、どんどん投げていきますからね!」
カミーユはそう言って身を引き離し、スカートの下から出したナイフを二本同時投げしてヘンリクの両足に突き刺した。
ヘンリクは嗚咽した。叫びをこらえたのだろう。
「まだまだ」
カミーユはヘンリクの両手両足にナイフを突き刺す。
「やめでえ! もうやめでえ!」
血を流しながらボグダールカはカミーユの足に縋り付いた。
「また汚れちゃった。これはグラフスさんに怒られる」
カミーユは朗らかに笑った。
そして、またナイフを投げる。
ぜえぜえ息をしながら息を吐く度に血を滴らせてボグダールカはカミーユを見上げた。
「邪魔です。どいてください」
カミーユはその顔を蹴り上げる。
ボグダールカは小屋の壁まで吹っ飛ばされた。
カミーユは続いてまたナイフをヘンリクの腕に投げつけた。
ヘンリクは叫ぶ。
もう四肢のどこにもナイフが突き刺さっており、血はズボンをびしょびしょにして鉛のように重くしていた。
「ヘンリクさんは強いですね。そんなに泣き叫んでまでボグダールカさんを守ろうとするんですか? なんでですか? なんで? 私はその心がわからない。ズデンカさんも、ルナさんもあれだけ血に汚れてるのになんで、仲間を守ろうとするんでしょう。わからない。本当にわからない」
「人の命をっ……とるなんておかしいよ……でも……僕はカミーユが好きだ……だから、もし罪に問われるなら……! 僕が身代わりになる……!」
ヘンリクは必死に叫んだ。
「心配ありませんよ。私を罪に問う人は殺します。それにあなたには今日ここで死ぬんです」
カミーユは問答に飽きてきた。
ナイフを喉笛にあててフィニッシュしようと思い、照準を合わせたが……。
不思議なことに手が動かない。強く強張ったように硬直している。
ヘンリクを殺すことを拒むようだ。
カミーユは瞬時に気付いた。
これはもう一つの人格だ。もう一人のカミーユが自分の愛する相手を殺すのを阻止しようとしている。
「ふふふふふふ、でもね。私は殺したいんだよ。それは、わかってるよね?」
カミーユは勢いよくナイフの柄を押し出した。
全身に植え付けた魂たちが痛覚を吸引した。傷はたちまちに癒えていく。
ナイフはヘンリクの喉に突き刺さっていた。
「ごっ」
ヘンリクは血の塊を吐いて絶命した。
「ああああああああああああああ」
ボクダールカはこの世のものではないような叫び声を上げた。
「ああ楽しい。こんな鳴き声を出すなんて思いもしなかった」
カミーユは朗らかに笑った。そして部屋の壁まで歩いていき、ボグダールカの髪を掴んで引き上げる。
表情がわからない。それでも悲鳴だけでカミーユには十分だった。
「あなただけが残されましたね」
また、絶叫が上がる。
カミーユはもううるさく感じ始めた。




