第九十五話 死後の恋(11)
だが、そんなことは不可能だ。
ローベルトは刑事であり、殺してしまったらズデンカは追われる身となる。
ルナに危険が及ぶかも知れない。
署内の全員を殺して追えなくするのも不可能ではないが、罪のない人間を殺したくはない。
――結局、この苛めを見ていないといけないのかよ。
ズデンカは不快になった。
「おい、何か言えよ、ちゃんと言葉にしろ? さあ」
犯人がどもりなのを知りながらローベルトは、証言を迫る。
「いい加減にしろ」
ズデンカは呟いた。
「俺は刑事だ。口を挟まないで貰いたいなあ」
ローベルトは迷惑そうに言った。
だが、逆にその言葉でズデンカは決断した。
いきなり机の上に置いてあった『死後の恋』を取り上げると、びりびりに引き裂き、こなごなに砕いた。
「これで、証拠はなくなった」
ズデンカは言った。
「ちっ、なんだよ。自分で証拠を持ってきたかと思ったら破りやがって!」
ローベルトは舌打ちした。
「もうこいつを取り調べても無駄だぞ!」
一か八か、賭けだった。
ローベルトの目的がほんとうに犯人を苛めるためだけなら、止めるだろう。
もし、今の態度が見せ掛けで本当に事件の裏取りをしようとしていたなら、もっとややこしいことになるだろう。
「……やめだやめだ。白けちまったよ」
やはり前者だったようだ。だがずでんかはよりローベルトを軽蔑した。
「必要な手続きを済ませたら釈放しろ」
犯人は他の警官によって部屋の外へと出される。
「それじゃあな」
ズデンカはローベルトを睨みながら部屋の外へ出た。
――こんな奴とは思っていなかった。
腹が立って仕方がない。
「すげーいけ好かない奴だね」
大蟻喰が言った。
「同感だ」
別に犯人に肩入れする必要はないのだ。軽犯罪者ではあるが、趣味がかなり悪いと言っても自分の性的な妄想をひたすらアルバムに連ねていっていただけだ。
それをローベルトは晒し上げ、本人がどもりで反論出来ないのをいいことに苛めた。
どちらが不愉快かといえばもちろんローベルトだ。
「ここにはもう来たくねえな」
ズデンカは言った。
「ほんと同感」
今日ばかりは話が合う。
署の外で犯人だった男と鉢合わせした。もう釈放されたようだ。
「おい」
ズデンカは男を呼び止めた。
その背中がビクリと震え、こちらを怯えた目で振り返った。
何か言おうとしたが、ズデンカはそれを押し留めた。
「まあ、頑張れ。人生嫌なことばっかりだろうがよ」
そう言ってズデンカは男の肩をポンと叩き歩き出した。
「優しいね。ズデ公って男嫌いだと思ってたけど」
「いや、嫌いだが」
ズデンカは言った。
「弱い人には優しいね」
今日の大蟻喰は少し変だ。
「優しかねえよ」
「早くバルトロメウスとも合流しないとね」
大蟻喰は話題を変えた。そう言えば、『仮の屋』に置いてきていたのだった。
「もう真っ暗だ。あたしにとってはこれからが時間だがな」
と、ズデンカは遠くを眺めてすぐに気付いた。
『仮の屋』で異変が起こっている。遠くからでもズデンカの目はすっかり見通せるのが。
赤々と燃え上がっている。火が放たれたのだ。
――フランツの馬鹿野郎! あれほど言ったのに!
「おい大蟻喰、ルナが危ない! すぐに戻るぞ!」
ズデンカは叫んだ。そして走り出した。
「合点だ」
元の姿に戻った大蟻喰は猛スピードで追随する。




