第九十五話 死後の恋(9)
「これ、たぶん動物の皮だ。人間のものじゃないよ。それっぽく加工はしてるかも知れないけど」
大蟻喰はアルバムのページをめくりながら言った。
「なんだと」
ズデンカは驚愕した。
「ボクはこのあたりはちょっと詳しいんだ。わかるだろ?」
大蟻喰は片目をつぶった。
「じゃあここを探すのは無駄か?」
確かに遺骸のことに関しては大蟻喰は詳しい。身体のなかに幾つも取り込んでいるのだから。
「無駄だね。さっさと引き上げよう。それよりも近くの農場を探す方がましだよ」
「農場って、ここ都会だぞ?」
「生きていなくてもいい。動物の遺骸がたくさんある場所――つまり肉屋だ。ズデ公なら知っているだろ?」
「ああ」
吸血鬼にとって血は必須だ。あまり人を殺したくないズデンカは、肉屋で買い物をするときはルナの食事する分より多めに肉を買うようにしていた。
動物の血でも、少しは腹を満たせる。
だから行きつけの肉屋があったのだ。
ズデンカは物凄い勢いでファイルの整理を始めた。
「もういいのか?」
資料室の外に出てきたズデンカを呆れた顔で見てローベルトが言った。
「ああ、手掛かりが見つかった。今から言ってくる」
既に夕暮れが迫りつつあった。ズデンカは警察署の建物の向かい側にある肉屋へと足を運んだ。
「おい、ブルーノ」
今日は本当に良く昔の知り合いに会う日だ。肉屋のブルーノの店先に去っていた。
「なんだズデンカじゃないか。戻ってきたのか?」
「ああ、少しな……それより、最近お前の倉庫にある豚肉に、何か被害はなかったか?」
アルバムは随分古びていた。だから今のものではないのかも知れないが。
「そういや、もう……数年前だな。最近ではない。何匹か豚の尻の皮が剥ぎ取られていたことがあった。何をしたいのかわからんかったが毒でも入れられてたらやばいからその肉は処分した。全くひどいことをするやつがいるもんだと思ったぜ」
よく肥えたブルーノは両腕を組んで苦々しそうな顔をした。大事な商品を捨てなければならなかったのが返す返すも口惜しかったのだろう。
「これでわかっただろ?」
大蟻喰は老紳士のままでドヤ顔をした。ズデンカは思わず噴き出してしまいそうになった。
「こちらの方は?」
肉屋は畏まった。
「畏まらなくても良い。こいつは大したことないやつだ。じゃあな」
とズデンカは大蟻喰の肩をしっかりと掴んで外へと歩き出した。
「妙なことをやるなよ」
大蟻喰の瞳がギラギラと輝いていたので、ズデンカが釘を刺した。
「犯人見付けようよ」
「手掛かりあるのか?」
「まあ、ないね」
「じゃあ、探せるわけもない」
元より重大犯罪事件ではないので、追っても仕方ない。しかも数年前に盗まれた皮だ。それを古びたアルバムに貼り付けただけなのだろう。
「まったく『死後の恋』とは大それたやつだ」
ズデンカは嘲弄した。
「そういう馬鹿っぽいことをしたくなるぐらい寂しい人はいるからね」
大蟻喰は反対に非常に落ち着いた声色で言った。
ズデンカはなぜか大蟻喰に負けたような気になって厭な気分になった。
「寂しい人か」
「うん、ボクからすれば大した罪じゃない。人殺しだってそうだけど。本当にささいなことだよ」




