第九十五話 死後の恋(6)
「どうした?」
「ペルッツさんのおそばにずっとおられるズデンカさんと見込んでのお願いです。ちとお人払いを――」
ヴァイスマンは小声で言い、奥にある仕切りされた面会室を指差した。
「わかった」
ところが、大蟻喰もついてくる。
「そちらの方は」
「ぼ……私はルナの友人だ」
老紳士と化けた大蟻喰は言った。
「他言無用でお願いしますよ」
「ああ」
三人は面会室に入った。
「ちとお待ちください」
ヴァイスマンは物々しい様子で外へとまた出た。
大蟻喰とズデンカが話し合う時間もなく、ヴァイスマンはまた戻ってきた。新しい茶色の封筒を一つ手に持ちながら。
「実は、こういうものが届きまして……警察に届けるべきか、迷っているのです」
「警察? やばいもんなの?」
大蟻喰は思わず反応した。
「はい、やばいしろものでして」
またヴァイスマンは額の汗を拭って封筒のなかから古びたアルバムを取り出す。
「なんだこれは」
ズデンカは首を傾げた。
『死後の恋』と銘打たれている。
「何だこれは、原稿が入ってるのか?」
「じゃ、ないんです」
ヴァイスマンは全身をガタガタと震わせていた。
よほど、ヤバイものがなかにあるらしい。ズデンカはアルバムを開き始めた。
とたんにズデンカも戦慄した。人間と同じようではないが、精神は震える。
人間の顔の皮が、各ページに貼り付けられていた。
いずれも女の皮だ。小さな字で名前まで書かれていたからわかった。
「なんなんだ、これは……」
「突然無署名で送りつけられてきまして。警察に届けるべきか。ここはこういう忌まわしいものに詳しいズデンカさんに伺いたく」
「なんであたしが詳しいことになってんだよ」
ズデンカは苦笑した。
だが人間より長く生きてきただけのことはある。
こういう犯罪はズデンカからすれば、ありふれたものだった。
男は自分の所有欲を満たすために女を殺し、その顔の皮を剥ぐ。
おぞましい行為には違いないが、その所有欲自体は珍しいものではない。
ルナなら――と思ったがルナの力は生者の力がないと再現することが不可能だ。生き物でもいい。
だが残っているのか顔の皮だけで生命のあるものは何もない。
結局は無理だ。頭で解き明かすしかない。
――っていうか、なんてあたしが解き明かすことになってんだ。
「警察に届け出るべきだ。あたしでは何ともしようがない」
「面白いじゃないか」
大蟻喰はためつすがめつアルバムを眺めた。
「これは殺しの目録だ。こんなセンスいいものを作れるやつがいるとは思わなかった」
「おい、余計なことは喋るな」
ズデンカは大蟻喰に耳打ちした。
「では、とりあえず、警察に届けよう。これ貰っていっていいかな?」
大蟻喰はアルバムを畳んで腋に挟んだ……。
「はあ、ちゃんと届けて下さいね。後から問題になるのはごめんです」
「もちろんさ」
大蟻喰は歩き出した。
「待て」
ズデンカは後ろからアルバムをひったくった。
「何すんだズデ公」
大蟻喰は起こった。
「こんな危ないもの、お前に任せられるか。警察にはあたしが持っていく。向こう何か話を聞かれるかもしれんが」
出来るだけ早く終わって欲しかった。ルナが心配になってくる。
――また、余計なことに関わってしまった。
お決まりと言えば、お決まりなのだが。




