第九十四話 あなたの最も好きな場所(11)
「お前はフランツを連れて早くどっかいけ」
「なら、取り消してください。先ほどの侮辱を」
メアリーは涼しい顔をしている。だがその瞳の奥では青白い炎が揺らいでいた。ズデンカは気付いた。
――これは感情の揺らぎだろう。
そう言うものがわかる人間がなかにはいると聞いた。
感情の激しい人間だ。
メアリーは落ち着いているようで、激しい感情を隠している。
それが怯えなのか怒りなのかははっきりしない。
「はあ、取り消せだあ? お前がフランツと来たのは事実だろうがよ」
「それは事実です。でも私がシュルツさんと乳繰りあっている事実はありません。ミス・ペルッツ」
「おい、メアリー!」
フランツは顔を赤くして叫んだ。
「取り消してください。私は名誉を重んじます。今すぐに取り消してください」
メアリーは執拗だ。
なぜ、ここまで拘るのかよくわからなかった。
「……」
ズデンカはメアリーを睨み付ける。
腹が立って仕方がなかったが、よく考えるとこの二人が恋愛関係にあるというのはズデンカの思い付きでしかない。
とすれば、自分が言ったことは間違いではないのか。メアリーはここまで静かに怒っているのだ。
「俺たちはそんなんじゃない! 断じて! そんなんじゃない!!」
フランツは顔を赤くして叫んだ。
「わかったよ。すまん。謝る。あたしの勘違いだった」
「それでいいんです」
メアリーはくるりと後ろを振り返り歩いていった。
「オドラデクのやつ、こんな時に限っていない!」
フランツは神経質に叫んだ。
「ふにゃあ」
ルナはズデンカに絞め上げられたせいで、まだぼうっとしている。会話を収められそうにない。
ズデンカもメアリーを追った。
「お前は何者なんだ」
「言いませんでしたか。処刑人です」
「カミーユの幼なじみなんだろ」
「ええ」
「じゃあなんでフランツと一緒に旅をする。あいつと一緒にいればいるだけカミーユから遠ざかるぞ」
「一緒に行くことに決めたからです」
メアリーは理由を言わなかった。
「やはりお前はフランツが好きだな。まだ付き合ってはいないとしても」
ズデンカは言った。
「だとしたら悪いんですか?」
「悪くはねえよ。お前らには早くここを出て行って貰いたい」
「あなたこそ、ルナ・ペルッツが好きなんですね」
メアリーはあまり表情を変えようとしない。
「ああそうだよ、好きだ」
ズデンカ素直に答えた。ルナがまだふんにゃりとしており聞いている様子がないのが幸いだった。
「でも、あなたはミス・ペルッツを守らないといけない。そのために共闘するんじゃないですか」
「共闘するとは言っていない。お前等を敵とは見なさないというだけだ。離れてくれるならそれに越したことはない」
「あなた方と一緒にいたら、カミーユは必ずやってきます。離れはしませんよ」
メアリーは静かに答えた。
「変な奴め」
「あなたも変なんです。私ちゃんも変で行かなければならないでしょう」
いつの間にかハロスが近くまでやってきていた。
「ようよう姉ちゃん。あんたも血色良さそうだなあ。血を吸ってもいいかい?」
「対価を求めます」
メアリーは答えた。
「はあ、圧倒的な暴力の前で交渉ごとは不要だぜ?」




