第九十四話 あなたの最も好きな場所(10)
ミュノーナは平地にある都会だ。かなり遠くの山岳が、霞むように覗える。
北の方角へ移動しているのだと知れた。
「おい、ルナどこにいくんだ」
あまり人はいないため、ズデンカは遠くに声を掛けた。
「私のもっとも好きな場所さ」
「……」
ズデンカは不快な気分だった。もしも鏡に映るのなら、苦虫を噛みつぶしたような表情だろう。
「お前はいつも勝手だな」
フランツが呟いた。ズデンカもこれに関しては同意見だ。
「……見たら驚くよ!」
ルナはニコニコした。
道は上りになる。ルナは興味のあることに関しては一直線だから、疲れを知らず歩み続けた。
辿り着いた先は大きな見晴台だった。
ズデンカはこんなところがあるのかと驚いた。
「ふふふ。とっておきだろ。あまり知る人はいない」
ルナは欄干に腰掛けた。
「あぶない!」
ズデンカは注意した。フランツに落とされる可能性を危惧したのだ。
「大丈夫だよ。もし落ちたら力を使うし」
ルナは言った。
北なので街並みが一望できた。
「こうやって見ると何もかもが小さく見える。人間なんてちっぽけなものだと思うんだ。だからここは、私が一番好きな場所」
「お前は人間が好きだな」
フランツが言った。
「なんでわかる?」
ルナが興味深く聞いた。
「寂しがり屋だ。よく知ってるぞ」
「そうかな。わたしは独りでも楽しいよ」
ズデンカはルナの後ろに立った。そして腰を押さえる。
「お前を離さない」
「ふふふふふ、いきなりどうしたの?」
ルナはくすぐったげに笑った。
「……」
フランツは複雑な表情を浮かべながらズデンカを見ていた。
「さあ、もういいだろ」
ズデンカはルナを持ち上げて隣に立たせた。
「……まあね。フランツも喜んでくれなかったみたいだし」
ルナは不満そうだ。
「あたしは喜んだ。こんな場所行ったことすらなかったし、知りもしなかった。お前がいなかったら、一生行かなかっただろう」
「君の一生は長いんだ。わたしがいなくてもいずれよるさ」
「いいや、いかない。お前がいなければ、あたしはここにいなかった」
ズデンカはルナを強く抱きしめた。
「き、きついよ。うぐう」
ルナは顔を青くした。ズデンカは急いで手を離した。
「すまん」
「さあ、帰ろう」
今度は、ズデンカがぐったりしたルナを肩で抱きながら歩いた。
フランツも後からついてきた。
「男は近付いてくんな」
ズデンカは後ろを振り返りながら言った。
「どうしてだ」
「お前はルナの人生に必要ない」
「お前はなぜ、あると断言できるのか」
「あたしは吸血鬼になる前は人間ででルナと同じように女だった、だからルナの苦しみはよくわかる。お前は結局わからない。所詮は男だ」
ズデンカは考えもしないでわめき散らしてしまった。それほどルナとフランツが一緒にいたのが堪えていた。
「そりゃまあ、俺は男だがよ……ルナの友達だ」
「友達? はあ、お前はルナといい仲になることを心で望んでやがるだろうが?」
ズデンカはフランツを睨んだ。
フランツは顔を背けた。
「ミス・ズデンカ」
メアリーが追い付いてきた。
「シュルツさんに嫉妬しても仕方ないでしょう」
かちん。ズデンカは激怒した。
「何が嫉妬だ。てめえこそ、フランツとかいうやつと乳繰りあってるからルナに妬いてやがんだろ?」
普段のズデンカなら言うのを控える言葉だ。あれだけ偉そうに語り立てても、眼の前の同性であるメアリーとすら連帯できないのだった。
「へえ、面白いことを仰いますね」
メアリーが敵意の目でズデンカを見た。




