第九十四話 あなたの最も好きな場所(7)
「俺も、いや、俺のほうがルナを好きだ! 俺はルナを守りたい。お前以上にな!」
フランツはムキになって答えた。目はギラギラと光を帯びている。
ズデンカはその気持ちを本当だと感じた。
――たぶん、鏡で移すことが出来たら、あたしの目はああ言う光を帯びているのだろう。
だが、残念なことに吸血鬼は鏡に映らないのだ。かなりの上位種でもそうなので、下位種なら望むべくもない。
ズデンカはいつかルナと同じ鏡に映りたいと考えていた。
「わかった。お前はルナを守りたいんだな。じゃあちゃんと言葉通りにしろよ。シエラレオーネの奴らに逆らうことになっても、な」
「ああ」
フランツの表情が曇った。
――まあ出来るはずもない。猟人はシエラレオーネ政府の忠実な犬だ。スワスティカの残党を捉えて殺し、裁くこと。それだけがやつらの任務だ。とは言え、こいつの顔は信じられる。
ズデンカはフランツを睨み続けた。
「ねえねえ、そんなに喧嘩腰にならなくてもいいじゃないか」
ルナは煙を吐きながら両者の間にぬるりと入り込んできた。
「お前のことで言い争ってるんだろ?」
ズデンカとフランツは一緒になって言っていた。
ルナの暢気な態度がむかついたのだろう。お互いに。
「わたしはまた綺譚を探す旅に出ようと思っているよ。原稿を出版社に届けて、それからちょっとミュノーナを見守った後にね」
ルナは今後の予定を楽しそうに話し出した。
「お前……今度の旅は危険だぞ?」
「危険なのはいつもだろ。どこに行っても死ぬ可能性はあるよ。ここにずっといてもね」
確かにそれは正論だった。
家ごと燃やされるかも知れないし、潰されるかも知れない。しかし、そうなるとキミコをここにずっと置いておくのかと言う話になる。
――考えないようにしよう。いつものルナの妄言だ。
しかし、そうは言い切れない部分は残る。ジムプリチウスは何してくるかわからず、カミーユもまたわからない。
そんなわからない敵に、どうやって太刀打ちすればいいのか。
「ルナはボクが守るよ。ズデ公は口出ししてこないでもよし。そのフランツとか言う奴も見るからに弱っちそうだな。うちのバルトロメウスのほうがよっぽど役に立つ」
「なんだと!」
フランツはまた怒気を深めた。
「だって弱いじゃん。パヴィッチでもちゃんと見てたけど、ズデ公にすら少しも手出し出来なかった。ボクならまあ互角だ。それに……ちっ、くやしいけど、外で待機している吸血鬼のやつ、あいつはボクを負かした。キミなら捻りつぶされるだろうね」
ズデンカは驚いた。
大蟻喰は意外に人を見ている。
直情径行かと思いきや、そうではないところも持ち合わせる。
当然と言えば当然かも知れない。いろいろな人間を喰って、その知識を得たと自慢しているのだから。
あれほど憎んでいたハロスですら、己と引き比べて冷静に捉えている。
「……」
フランツはショックを受けているようだった。
――こいつは自分が弱いと知っているな。
ズデンカは直感的に気付いた。




