第九十四話 あなたの最も好きな場所(6)
「私は勝てませんでした。少しも手出し出来なかった。あの子は強いです」
ズデンカも今まで聞いた話からメアリーがカミーユに強い執着を感じていることは薄々気付いていた。
ズデンカはカミーユがそこまで強いとは思わない。
頭のネジがはずれたような奴なので何をするかわからないと思っていた。
――メアリーだろうが、フランツだろうがその気になれば殺せる。
ズデンカはそういう自信が満ち広がっていくのがわかった。
だが、ファキイルをどう押さえるか。ズデンカでも互角は難しい。戦闘になった場合の動きをズデンカは幾通りも考えた。
どちらにしても、この屋敷は潰れる。
そして、キミコが犠牲になる。ルナも危ない。
それは避けたかった。
「メアリーはカミーユが好きなんだね」
ルナは煙を吐きながら言った。
「そうです。幼い頃から友達です」
メアリーの声はまだ震えている。
「それなら、メアリーもわたしの友達だよ。友達の友達は友達だ」
「……」
メアリーは黙った。
「おい、メアリー!」
フランツが食堂に踏み込んできた。既に背広に着替えている。
「お風呂良かったですね。こちらは見ての通りの修羅場です」
メアリーは皮肉めかして言った。
「お前らはなんでファキイルと一緒にいる? 訳を詳しく話して聞かせろ」
ズデンカは迫った。敵の情報は出来るだけ集めた方がいい。
「旅の途中で……船の上であった。それから付いてきて貰っている」
フランツは事細かに話し始めた。警戒を解いて貰うためか、もとから細かい性格だかはわからないが、ズデンカが質問しようとしたところ、
「ちょっと待ってえ! 待った待ったあ!」
透き通った糸のような髪の毛を持った男が部屋に飛び込んできた。
「なんでズデンカが来てるんですかぁ」
いきなり食ってかかってくる。
「はあ? ここはあたしの主人の家なのだが」
「いきなりぼくに挨拶もせずにここに入ってくるとかぁ! プンプン!」
――妙な奴だ。
大蟻喰やハロスとも一味違う取っ付きの悪さだ。
「こいつがオドラデクだ。はっきり紹介するのは初めてになるか」
フランツは言った。
「っていうかあ、なんでぼくに朝食がないんですか! ぼくは食べますよぉ! これ以上ないぐらい食べますってばぁ」
キミコは嫌そうな顔でオドラデクを睨んでいた。
「得体の知れない連中だね」
大蟻喰が腕を組みながら言った。
「ふん、吸血鬼のいる一行に言われたくないですよぉ!」
オドラデクが口答えする。
「何だお前? 喰ってやろうか?」
「くっ、喰う? ぼくなんか食べても美味しくないですよ」
オドラデクはびびった様子で後退した。
「騒がしい奴だ。俺も手を焼いている」
フランツは言った。
「あいつにルナを害する意志はないか、それを確認したい。ファキイルもだ」
「断言はできないが、問題ないと思う。これまで一緒に旅して必要のない殺しをすることはなかった」
「断言しろ。ルナの命は一つしかない!」
ズデンカは怒鳴った。
「俺もルナの命が奪われてはならないと思っている!」
フランツは怒鳴り返した。
「お前はルナが好きか? あたしは好きだ? おい、言えるか。お前はルナが好きか?」
ズデンカは繰り返した。もう言葉が溢れ出るままだ。どうにでもなれと思った。




