第九十四話 あなたの最も好きな場所(1)
――オルランド公国ミュノーナ
綺譚蒐集者ルナ・ペルッツ一行は長の旅路を終え、ようやく『仮の屋』のあるミュノーナに辿り着いた。
「ふう、マジに懐かしいぜ」
メイド兼従者兼馭者の吸血鬼ズデンカは伸びをしたい気分だった。
しかし吸血鬼のため、やったところで意味はない。
いろいろ大変な旅だった。特にネルダとの国境にある検問所ではまた細かいチェックを受けた。
同行していた自称反救世主大蟻食などはそれを嫌って一人でふらりとどこかに行ってしまった。
バルトロメウスは取り残された。
ルナたちが汽車で数時間乗ってミュノーナについた後、いつの間にかふらっと現れ合流した。
「やあやあ待たせたね」
「待たせたね、じゃねえよ。勝手にいなくなるな」
「例の……あいつ、あの吸血鬼と一緒に居たくなかったんだ」
大蟻喰は顔を顰めながらハロスを指差した。
ハロスは意外にもちゃっかり偽装した旅行券を所持していた。
汽車の中でもとても太い態度で、ぼろぼろのジーンズは穿いた足を組んでいる。
「君も、ミュノーナでは服を買い変えた方がいい。『仮の屋』には少しそのあたり敏感な人もいるからね。ウチのメイドも何度も何度も破いてるから新しくメイド服を注文しないと行けない。背が高いから特注なんだ」
ルナが説明した。
ハロスはそんなルナをシラッとした目で眺めていた。人間を軽蔑しているのだ。とは言え、
「まあそっち持ちなら考えてやらないでもないけどさ」
と乗り気のようだった。
ズデンカはその頭を小突いた。先日のようにグチャグチャに吹っ飛ばすのはもちろんないなので避けた。
「もっと強くやって! もっともっと!」
ハロスはにやけて指を拳銃のかたちに曲げ、自分の頭を何度も何度も差す。
「お前なんかにしてやるか」
ズデンカはそうやってわずか数時間をやり過ごした。
バルトロメウスは静かにしていた。何も答えなかった。ジナイーダもズデンカたちの向こう側に坐り、しずかに畏まっていた。
まあそんなこんなで辿り付けはしたのだが『仮の屋』まで少し歩く。ここでズデンカは馬車をクンデラに預けたままだったことを思い出した。
――クソッ。クンデラまでよったのになんで忘れたんだ? あたしとしたとこが。
だがよく考えれば当たり前だった。
一行はかなり増えているのだ。クンデラに預けた馬車はせいぜいルナ一人を乗せられるものであり、全員を乗せるのは不可能だ。自然と使う選択肢は思い浮かばなかったのだろう。
――後から人をやって取ってこさせるか。
またクンデラには引き返したくないと心から思った。
それでも、ルナが行くと言うのならズデンカは付いていくだろう。
何と言ってもルナはズデンカの主人だ。いくらリードしたり大口を叩いても、それは不動のものだ。
ルナが解雇すると言えばそれに従うし、ルナが死んだとしたらそこまでだ。
なんとなく不吉な感覚に襲われ始めたので、ズデンカはそこまでで考えるのを止めにした。
「実は俺もミュノーナは初めてでな。ここ不思議と経由で東部トルタニアに帰ったことがなかった」
ハロスは自分語りを始める。
ズデンカは鬱陶しかった。




