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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第九十三話 私に触らないで(12)

「キミコさんも反論はないようですし、まあいいではないですか」


 メアリーが言った。話を収める方向で動こうとしているのだろう。


「そうです、そうです。わざわざ大切な三つの願いを叶える必要はないですよ。ここで使ったら本当にもったいない」


 ジンも促す。


「……」


 キミコは黙り込んだ。


「仲直りの握手……とはいきそうにない。キミコは潔癖症だからね。でも仲直りの挨拶なら出来るだろ?」


「そ、そうかな……」


 キミコは震えた。


「これからしばらく泊めて貰う。それで構わないな」


「ええ。私には何の権限もないし……それは前言いましたよね?」


「ああ、わかった。じゃあ自由にさせて貰う」


 フランツはほっとした。


「良かったですね。シュルツさん」


 オドラデクから手を離していたメアリーがフランツの肩をポンと叩いた。


 フランツは少し恥ずかしくなった。


「おいフランツぅ! あんなクソメイド、ほこりでも喰わせてやったら良かったんですよ。まだ腹立ってるんですよ、プンプン!」


 オドラデクはそう言いながら立ち上がって背を向けた。


「お前も下手に家のなかを歩き回るな。キミコを刺激する」


「刺激してどうだって言うんですか。刺激してなんぼのもんですよ」


 そうは言いながらキミコとは逆の方向へと猛ダッシュで走り出していった。


 しばらくは注意しなくて良いかと思いフランツは自室に引き返すことにした。ファキイルはゆっくりゆっくりと歩み、メアリーは同じ速度で歩いてくる。


「あの、ところでな」


 フランツは小声で言った。


「なんですか?」


 メアリーが訊いた。


「……さっきの話なんだが、お前一瞬だけ赤くなっただろ?」


 フランツはしばらく躊躇った後言った。


「ええ、そうでしたか。自分の顔は見れないので気付きませんでしたが……」


 メアリーは小さく目を見張り、上を見ながら答えた。


「なんでだ?」


「なんでと言われても……」


 メアリーは困惑したようだった。


「いや、お前は別に同じていなかったからな。ステファンから俺の……彼女だとか言われても」


「それは……ただの気分でしょう。私も人間ですよ」


「強いて言うなら?」


 フランツはやけに強気になる自分を感じた。


「強いて言うなら……結婚とか言われたからかも知れません。そんなこと、これまで考えたことがなかったので。ずっと早いうちに死ぬものだと思っていました。私は処刑人です。それに今はもう、国を出て勝手に動いてしまっている。ある意味ではカミーユと同じです。いつ、殺されても文句は言えない」


 メアリーは穏やかに言った。


「俺も同じだ」


「え」


「俺もそうだった。早いうちに死ぬと思っていた。でも、最近は生きられる限り生きたいと思えるようになった。それが早かろうと遅かろうと」


「そうですか」


 メアリーは短く答えたがとても嬉しそうだった。


「あなたと同じで、よかった」


「……何か恥ずかしいな」


「ははははははは」


 メアリーは朗らかに笑った。フランツは本当に可愛いと思った。


「でもよかった。私は人殺しです。そしてあなたも同じです。同じ立ち位置の人にそう言って貰えるなら、私も生きてみることにします。死ぬまで」


「ああ、それじゃあな」


 フランツは自室へ歩いていった。振り返らずに。


 振り返ったら恥ずかしくて死にそうだ。

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