第九十三話 私に触らないで(10)
「叶えてくれ。ふむ、それはずいぶんと哲学的な問いだ。誰も君の願いを叶えることなど、できはしない。できるとすれば、キミ自身の手によってだ。それに三つの願いのうち一つの願いで願いを無限にしてくれと言われたら、私はそれを否むことは出来ない。それはズルだ。でも理論としては正しい。だから、私は君の願いを簡単に叶えることはできないんだよ。君が心の奥底から本当に願わないと。どう考えても、君の今の状況はそうじゃない」
のらりくらり、のらりくらり。
本当は叶えたくないのだろう。いや、叶える気などないのだろう。
「私は本心から言ってるよ!」
キミコは叫んだ。
「君は極めて潔癖症だろ? キミコ」
「そ、そうだけど」
「新しく人と交わることが苦手だね」
「う、うん」
キミコの表情は暗くなった。
「じゃあ、そんな君がいきなり人を殺したいと言ってきたとしよう。それは簡単に信じられるかい? というか前もあっただろう。似たようなことが」
「……」
キミコは半泣きになって唇を歪めた。
見ているフランツのほうが可哀想になってくる。
「フランツ」
ファキイルが食堂に入ってきた。空気を察したのか。フランツの横に静かに列ぶ。
フランツはなぜだか、安心した。
「おやおやおやおや、ファキイルさまではないですか。私です。ご記憶に留めておられますよね」
ジンはもみ手をして、媚びを売る態度で近付いて来た。
「……ジンか」
ファキイルはしばく沈黙した後でファキイルは訊いた。
「はい左様です。最後にお会いしたのは、もう千年以上は前ではございませんか?」
「我はフランツと旅している」
「フランツとは隣のお方で」
「ああ」
「これはこれはフランツさま。よろしくお願い致します。私はこちらのキミコの所有する魔法のランプの魔神にございます。もともとランプは某国の王アーズィムの所有に帰しておりましたが、故あって数十年前にこちらに参り、一年より前にこちらの少女、キミコのものとなったのです」
問わず語りに語り出す。
「そうか」
ファキイルはあまり関心がなさそうだった。いつも通り無表情だ。
ジンは空中を浮遊しながら、キミコの元に戻る。
「ほら言ったとおり君の勘違いじゃないか。ファキイルさまは私などよりよほど格上のかただ。そんな肩に私はとても叶わないし、ましてやそんなかたのお友達がこの家や君に害をなすとは限らない」
「でも、あいつはルナさまを……殺すって!」
「殺すと言ったのを聞いたのかい?」
「ええと……親の敵って、言ってた」
「じゃあ、殺すと決まったわけじゃないか。話し合う余地はあるよね」
「……」
キミコは黙り込んだ。
「いつも君は言ってるだろう。君はメイドなんだ。勝手に家を守ろうとしちゃいけない」
「ズデンカさまは……」
「あいつは強いから君が守らなくても大丈夫だよ」
「でも」
ジンは出来るだけ争いたくないようだ。フランツはほっとしていた。
「俺は殺す気はない。あくまでルナと話会おうと思っている。皆まで言わせてくれ」
フランツは大声で叫んだ。
「ほら、あの人はああ言ってるじゃないか」
ジンが応じる。
「信じられない。ルナさまは大事な方だ。私なんかを、ずっとこの家に置いてくださっている。どこにも居場所なんか、なかったのに」
涙に濡れたその言葉はフランツの胸も同時に震わせるものがあった。




