第九十三話 私に触らないで(9)
――なんでだ? どうしてこの程度で?
前メアリーはステファンに彼女かと言われてもとくに表情を変えることなく返していた。だから今回も特別驚くことはないと思ったのだが。
もちろんメアリーはすぐに表情を隠していた。
だが、フランツは一瞬を捉えたのだ。
――なんか、可愛いじゃねえかよ。
思わず心のなかで漏らした呟きが気持ち悪く思えて、フランツはすぐ現実に戻ることにした。
「フランツ、おいフランツ、はなせぇ! あのキミコとやらに山盛りのほこり喰わせちゃる!」
オドラデクは吼え続けていた。
フランツはその頭を撲り付けて黙らせるが、オドラデクは痛いと感じないのだろう興奮口調で怒鳴り続けていた。
キミコはビクリとなり、急いで夕食を書き込んでいた。潔癖症にほこりを喰わせるというイメージはそうとうに答えるだろう。
「キミコ、逃げないでくれ。俺は飽くまでお前と話がしたい」
「でも……そいつが……」
「こいつは俺が絶対に押さえている。だから話をしよう。俺はルナ・ペルッツを追っている……やつは俺にとって親の敵だ!」
フランツの発言に、騒いでいたオドラデクとメアリーが呆気にとられていた。
――やってしまった。
フランツはすぐに己の大失態に気付いた。
「それは……ペルッツさまを殺める、ということですか?」
キミコは一息に食べ終えると、表情を暗くした。
「殺す気はない。まず話し合いたい」
「信じられません!」
そう言ってキミコは服のどこからか不思議なものを取り出した。把手のついた、精緻な象嵌が施された油の入れる器――つまりランプだ。潔癖症のキミコらしく綺麗に綺麗に磨かれていた。
――いや、これは魔法ランプだ。
フランツはすぐに思い当たった。
伝説でよく語られる魔神を封じ込めたランプ。よもや存在していたとは。
「る、ルナさまを殺めるというなら私を倒してからにしてください」
本人からは強さを感じない問題なのはランプだ。
「ジン!」
そう言ってキミコはランプを擦る。
途端にむくむくと煙が巻き上がり、ターバンを付けてガンドゥーラを纏った男が姿を現した。
「どうした? キミコ?」
髭を捻りながら、偉そうに聞く。
「使っていなかった。あなたの三つの願いを使いたい」
「待ちくたびれたぞ? それで、どんな願いなんだね?」
「こいつらを殺して!」
キミコは震える手で、フランツたちを指差した。
――大変だ。
今は、ファキイルが不在だ。魔神などに対抗できるのは犬狼神より他考えられない。
まさかキミコがこんな隠し玉を用意しているなんて思ってもみなかった。
「ふむ、ほんとうにキミコはその願いを心から望んでいるのかな?」
とぼけた声でジンは言った。
「望んでいる。だって、こいつらはルナさまを殺そうとしているんだ!」
キミコは叫ぶ。
「本当に心から、キミコはそう思っているのかな? よく考えたまえ。願いは三つしかない。たった三つだ。貴重だぞ? 心の奥からキミコがそれを望まなければ、私は叶えようとは思わない」
ジンはのらりくらりと応じる。
「思っているよ。だから叶えて!」
キミコは悲痛に言った。
フランツは肩透かしを食らった気分だった。




