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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第九十三話 私に触らないで(8)

「あくまで雇われ人でしょう」


 メアリーは論理的だ。特別関わる必要もない、場合によっては排除した方がいい大正と見なしている。


 だが、フランツは。


「俺はあいつをなぜか憎めない。あいつの過剰な潔癖ぶりはわかるところがある」


 論理的な反論では勝てないので、フランツは感情で返した。


「そうですね。シュルツさんは神経質ですもんね」


 メアリーは笑った。


「神経質じゃない。猟人がそれでつとまると思うか?」


 フランツは少しカッとなった。すぐに反省したが。


 正直、図星なのだ。自分がもう少し鈍感だったら物事は上手く進んだのにすら思うことがある。


「神経質なところが、いいところじゃないですか、あなたの」


 メアリーはフランツの瞳を見た。そこにはなぜか青白い炎が揺れていない。


メアリーの幼なじみカミーユはメアリーの恐怖が青白い炎となっているみたいなことを言っていた。それなら、自分は恐怖なしで見られているのだろうか。


 フランツは微妙な気持ちになる。


「もいいいキミコを探し出す」


 フランツは暮れていく室内を歩き出した。しかし、部屋のあることあること。ルナの蒐集品もさっき寝る前に見たのはほんの一端だったと思わせられるほどたくさんある。 


「こんなもん、何に使うんだ」


 奇妙な顔が刻み込まれた面が壁に立て掛けられていたので、思わずフランツはぎょっとなって、剣を構えようとした。


 そこで、以前『薔薇王』を折ってしまい、新しい武器を買い換える必要に気付いた。

フランツは次々部屋を見て回った。やはりいない。


「シュルツさーん」


 メアリーが外で呼んでいた。見ると一階に降りている。


「すぐに見つかりましたよ。キミコさん」


 フランツはビックリして階段へ向かった。


メアリーは歩くことで自分の行き先を示す。食堂だ。


 大きく開かれたテーブルに坐って、キミコはスプーンで夕食を口にしていた。


 メアリーはそれを遠くから眺めていた。


「おい、お前」


 フランツは声を掛けようと近付いた。


「来ないで」


 キミコはスプーンを置いてフランツに怒鳴り付けた。


「食事にほこりが入るかもしれないから、来ないでください」


 そして、やや改まって言い足した。


「わかった」


 キミコの世界観を尊重してやらなければならない。フランツとメアリーは遠くから眺めるだけに留めた。


「昼間、ご無礼をお掛けしました。ふだんあまり人と話すことがないもので……。例の方はいらっしゃらないようですが」


「いや、お前に怒って貰うぐらいでちょうどいい。あいつはいつも調子に乗ってるからな」


「誰が調子に乗ってるって? ブーン!」


オドラデクがいつの間にか現れて食堂に突進を開始していた。フランツとメアリーは慌ててそれを両側から押さえ付ける。


「なっ、何するんですか二人揃って? 愛の共同作業? あっ、……つい変なこといっちゃった、それじゃあまるでこのバカ女とフランツが結婚するみたいじゃないか! クソッ、ボクとしたら失言! 今の取り消し! 取り消しい!」


 オドラデクはわめいた。


フランツはカッとなった。


 メアリーはいつものように冷笑しているだろうと、思わずその顔を見たら。


 すこしビックリして目を見開き顔を赤くしていた。


 不意打ちが二度来たようなものだ。

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