第九十三話 私に触らないで(6)
あまり会話が上手くない相手に無理に話し掛け続けるのは、どう考えてもまずいだろう。
フランツは黙ることにした。
しかしそんな沈黙はすぐにオドラデクに乱される。
「シカトかよ。まったく使えないメイドですねえ。訳わからないことばっかり言い出しちゃってさ。ふん、まったくもう!」
……まだ根に持っていたようだ。
訳のわからないキレ方をされたのだから、当然そんな反応にもなるだろう。しかし、ようやくフランツがキミコの性格を見抜いた瞬間にこれとはタイミングが悪すぎる。
「お前につべこべ言われたくねえよ! 勝手に入って来やがってなにさまだ?」
突然、キミコの怒号が室内に響いた。
ファキイル以外その場にいた全員がビクリとなった。
振り向いてオドラデクを睨み付けている。
オドラデクは完全に気圧された体だ。
そしてキミコは突然階段を駈け上がりどこへやらへ行ってしまった。
フランツは呆然と立ち尽くしていた。
「あーあ、やってしまいましたね。オドラデクさん」
メアリーが冷笑を含みながら言った。
「あ、あいつが無礼なんですよ! ぼくはなにも悪くない!」
オドラデクは目に見えて焦っている。オドラデクの正体は糸巻きだ。
別に焦ってなどいないのだろうが、実にその様子が上手だ。
「あいつはたぶん話し下手なんだ。急にたくさんやってきて混乱させてしまった」
「話し下手ってメイドがそれで、何の役に立つんですかぁ? あのズデンカってやつだって人並み以上に受け答えは出来るようでしたよ。何度か会ってますけどね!」
オドラデクはキミコを攻撃する。
「メイドにも色んな仕事がありますよ。誰とも会わず家の中を掃除し続けるのも立派に役目を果たしているでしょう」
メアリーの切り返しも鋭い。
「あいつちょっと変ですよね。軽く触っただけで……しかもあんなわめき散らして、あんなやつを雇うルナ・ペルッツもどうかしてるよ! ぷんぷん!」
これにはフランツも少し気分が悪くなった。父を殺した相手だとわかってもなお、ルナが悪く言われたくない。
「ルナは社会から取り残された者に優しくする部分があった。だからあいつも雇ってやっているんだろう」
「ふん、そうですかねぇ。その割りには結構悪い噂聞きますよ。時に最近いろいろ流れてるんです。人を殺しているとか」
「何?」
フランツはやや怒気混じりで聞いた。
「ステファンさんも言ってたでしょう。敢えてぼくはあそこでは空気を読んで言わなかったんですけど、もうちょっと詳しく知ってる。人々の間ではルナ・ペルッツは確実にリヒテンシュタットを殺害したことになっている。それだけじゃない。ボッシュで町長を殺害したとか相当真偽の不明まで入ってきている。証拠はないけど、町長が一年前に亡くなっていることは間違いないみたいです。で、ちょっと陰謀論めいてくるんですが……ルナ・ペルッツはシエラレオーネ政府のスパイだとか」
「馬鹿な!」
フランツは叫んでいた。ルナはフランツが何度説き伏せてもシエラレオーネには行かないし、猟人には協力するつもりがないと言った女だ。
スパイなど滅相もない。
――どこからそんなデマが湧いて出たんだ?
フランツは驚愕で怒りまで吹き飛んでいた。




