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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第九十三話 私に触らないで(5)

「シュルツさま。マスクをしてもお構いになりませんか?」


 キミコは訊いた。これは相当な重症だ。


「特にこだわらない」


 フランツは控えめに返した。キミコはメイド服のエプロンから黒いマスクを取り出してつける。


 普段は誰もいないから、つける必要がなかったのだろう。


 フランツは嫌な思いがするというより途方もないものを見た気になった。


 詳しく説明されなくても理解できる。


 相手から病原菌を伝染うつされるのではないかと言う恐怖は、フランツにもない訳ではない。


 だがそれが異常に拡大され、全生活に影響を及ぼすとなれば、苦しい毎日を送っているだろうことが容易に想像されうる。


室内を見回す手摺から大理石に到るまでピカピカに磨き上げられていた。他にメイドはいないと考えられるので、どれだけ時間を掛けて掃除したのかわかる。


「ここで生活しているのか?」


「はい」


 キミコは短く答えた。


「ルナに言われたのか」


「はい。生活費などは、全てお給金に含めて頂いております」


 さすがにルナは太っ腹だ。


「お前に家族はいないのか?」


「いません。全て死にました」


 感情のない返事。さきほどの強烈なまでの反応とは対称的だ。あまり語りたくはないのだろう。


 フランツはまだ深掘りすることをよした。


「ミス・ペルッツが最後にお戻りになられたのはいつですか?」


 メアリーが初めて言葉を発した。


「もう、一年以上は前になるでしょうね。その間ずっとこちらで掃除をしておりました」


やはりフランツの想像は間違っていなかった。


「なかなか凄いですねえ。まあぼくにかかれば一日でやっちゃうけどなあ!」


 オドラデクは煽る。


 キミコは答えなかった。


「ルナはいつごろ帰ってくるかわかるか」


「実は昨日、電報を受け取りまして、近日中にここに帰るとありました」


 キミコは答える。


――やはりか!


 フランツは思った通りだと喜んだ。しかし、元はと言えばメアリーの提案なのだ。


 情報処理力の高さがうかがえた。


「ルナが帰ってくるまで滞在したいのだが、かまなわいか?」


 フランツは本題に切り込んだ。


 ここなら確実にルナと会えるのだ。間違いない。


「それは私が答えて良いものか躊躇われます。私はあくまでペルッツさまからこの家の管理を任されている者です」


 キミコはやはり几帳面に答えた。


――いや、お前が管理者なんだからお前の許可で良いだろうがよ。


 フランツは少し焦り始めた。


「それではとりあえず泊めて貰い、ミス・ペルッツが帰還した後、許可を改めて頂く、、というかたちでどうでしょうか? シュルツさんとミス・ペルッツは友人です。名前も伝わっている、ということですから、短い間はここにいて構わないのではないでしょうか」


 さすがメアリーだ。言葉巧みにキミコの責任を回避させながら、結局は同じことを飲み込ませようとしている。


「それで、構いません」


 キミコは振り向かぬまま歩いた。


 やがてフランツのなかに一つの考えが閃いた。


 言葉こそ丁寧だが、キミコはどこか意志疎通に難がある。ルナがほとんど留守にしていることは有名だから『仮の屋』に来るものは滅多にいない。

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