第九十三話 私に触らないで(2)
「怪しまれたら、そのひとを殺さねばならなくなるでしょう」
メアリーは言った。
「いや、殺したらもうルナとは話せなくなる。もし抗うなら何らかの手段で拘束するしかない」
「まあでも、話していさせて貰うのが言い手段じゃないですか? あなたのミス・ペルッツは友人ではあるようですし」
「……」
フランツは黙った。
「まったくもう、勝手にバカ女と話を決めちゃって! ぼくが入って交渉するって手もありますよ。そういうのは得意なんです、えっへん」
オドラデクは腰に手を当てて威張った。
たしかにそういう話し合いはオドラデクが得意とする分野だ。しかし、フランツはオドラデクにもあまり頼りたくなかった。
頼ると後々まで威張られるのも癪なのはあったがフランツは飽くまで自分の実力で解決したい。旅の間じゅう、他人頼り、特に犬狼神ファキイルだよりとなっていたのは内心忸怩たるものがある。
「いや、今回は俺が交渉したい。俺は何しろルナと面識がある。お前はないだろ? 現在どういう状況になっているかを伏せて説明すれば、なかに入れてくれるかもしれない」
フランツは出来る限り論理立てて説明した。
「うーん、何回いい予感しないんだよなあ。フランツさんが表に出るといつも血が流れてる気がする」
それは否定できなかった。これまで暴力を行使して解決した事例はたくさんある。逆にオドラデクが関わって方が穏便に済んだ例は多い。
「だが、俺にやらせてくれ。さすがに友人の家で何も言わないのは俺の意地にかけて許容できない」
本当に友人といえるのか。
そんな言葉も過ぎった。自分はルナをどこかで愛していた。それが決して叶うことがないと知りながら。
そして、父親を殺した相手だとわかった後は敵と見なし、殺そうと思った。しかし、とても殺せはしなかった。ゴルダヴァでルナと対峙して初めてわかった。
憎い、スワスティカの一員であるベーハイム。
愛しているルナ。
その二つの影が重なってもやはり、フランツはルナに生きていて欲しいと願うのだった。
「フランツに任せよう」
後ろからずっと何も言わずついてきていたファキイルが近付いて来て言った。自分から積極的に関わってくるのは珍しい。
「なんでですかあ?」
なおごねるオドラデクを、ファキイルは睨み付けた。前以上に激しい様子で。
「ぶるん!」
オドラデクはたちまち震え上がり、怯えてしまった。
見ていたメアリーも冷や汗をかいている。
処刑人としての本能が一瞬死を感じさせたのだろう。それほどまでに長い歳月を生きながらえてきた神に類される存在の威厳は物凄いものなのだろう。
「ということで俺が今回はやらせて貰う」
フランツはそう短く断って歩みを進めた。後は誰も会話を交わさなかった。交わしたとして、ぎこちないものになるだろう。久々に見せた犬狼神の一睨みはそれほど場を緊張させた。
一時間以上は歩いた。『仮の屋』は遠くに見えてきた。冷たい鉄柵で張り巡らされている。以前訪れたときのままだ。
「やっとついた」
フランツは言った。




