第九十二話 解剖(1)
オルランド公国東部上空――
まったく『告げ口心臓』と来たら大したもんだ。
既にナイフ投げカミーユ・ボレルはトルタニア各地からさまざまな情報を聞き知っていた。
雑多なものばかりだが、だんだんルナ・ペルッツの素顔がわかってきた気がする。一緒にいたときよりもずっと。
たとえばシラフィータ族までこの『告げ口心臓』の持ち主にいたとは驚いた。彼(名前はわからないのだ)は戦時中収容所に投じられている。
にも関わらず戦後の社会に、戦後のかつてのスワスティカの政策を全否定する世のなかの流れに反発を覚えている。
戦後は表面上は愛され慈しまれる存在となったシエラフィータ族だが、一方で憎み差別する声がまだ残っていた。
そして、彼のような戦前から一貫した貧乏人は救いの手から結局取り漏らされる。名前を上げたルナ・ペルッツや出世したアデーレシュニッツラーなら話が別だ。
同族で出世した人間には結局怨みが募る。戦後の社会に対する不快感を強く持っているとのことだった。
そして、彼は戦中収容所でビビッシェ・ベーハイムと会っていた。
ずっとルナと旅してきたカミーユはいつしかルナとビビッシェが同一人物だと知っていた。
もちろん、それは『告げ口心臓』の創造者である旧スワスティカ宣伝大臣ジムプリチウスも知っている。
『ルナ・ペルッツはベーハイムだぞ』
何を隠すつもりもなく堂々とジムプリチウスは心臓を介してそれを持っている者たちに事実を告げた。
『なんだって!』
驚きの声がじょじょに広がっていった。
『そんな馬鹿な!』
『あいつ、同族殺しだったのか。そのくせ戦後はのうのうと金持ちに成り上がりやがった』
『それが二枚舌だ』
ジムプリチウスは笑った。
『偽善者はいつも二枚舌を使う。身も蓋もない事実だが、この世は金を持っているやつと持っていないやつにわかれる。そして金持ちはとうぜん数が少ない。増えられては困るのだ。だからまあさんざん言い訳を重ねて、貧困者にはずっと貧困のままでいて貰うわけだ』
『許さん』
『クソが』
怒号が続く。
当たり前と言えば当たり前の話だ。だが綺麗事が広がっている戦後の社会ではジムプリチウスの直接的な言葉はより強く響くに違いない。
カミーユはこれほどまでこの世界に憎しみが溢れていることに初めて気付いた。
これまでそんなことには興味がなかったからだ。
『ルナ・ペルッツは犯罪者だ。にも関わらず知名度と金を得ている。何とかして今の座から引き摺り下ろすべきじゃないか?』
『そうだ!』
『そうだ!』
怒号が『心臓』から聞こえてくる。
『最近俺は訊いたのだ。ルナ・ペルッツがあの大劇作家リヒテンシュタット――俺がスワスティカにいた頃から話を訊いていた――殺害に関わったのではないかという噂をな』
『噂も何も新聞に載ってる。だが、嫌疑不十分だそうだ』
『結局は戦後の世界を支えている新聞を信じるな。俺は敢えて言う。この『告げ口心臓』だけが真実を語っている。俺は正しい。俺の言葉に従え』
しばし躊躇が皆の間で見られる様子があった。




