第九十一話 ずっとお城で暮らしてる(10)
ズデンカは立ち上がってハロスを放置して歩き出した。
ハロスはすぐに身体を元に戻してついてくる。
ルナも歩き出す。イトゥカは何も言わなかった。
「ジナのところにいかなきゃな」
ズデンカは言った。
「わたしは体よく追い出されたんだね。前もあったよ、そんなこと」
部屋の外へ出た後ルナは寂しそうに漏らした。
「お前があんな話するからじゃねえか」
ズデンカは窘めるように言った。
「でもああ言うしかないじゃないか」
「他にも言いようはあった。いや言わずに立ち去るべきだった」
ズデンカは腕を組んだ。
「でも、何かしてあげないと思っちゃって」
ルナはしょんぼりした。
――ならあんなこと言うなよ。
堂々巡りだ。
三人は台所へと戻って奥の部屋に通じる道を歩き出した。
すぐ辿り着くとジナイーダとボフミルは影絵遊びをしている。
暗い部屋のなか机に蝋燭に火を灯してその周りにすわり、壁に映る影を生き物に模して遊んでいるのだ。
――ジナも年頃らしい遊びをするんだな。
ズデンカは微笑ましい気持ちになった。
「あ」
ボフミルはルナの方を見た。
「お姉ちゃんに何か話は訊けましたか」
子供らしいたどたどしい調子で言う。
「うん」
「お姉ちゃんはいい人です。ぼくをずっと守ってくれています。大人なんかいなくても、ここでずっとくらしていられます」
ボフミルは繰り返した。
「うん、うん」
ルナは涙目になって頷いていた。
「さあ、出ようぜ。ジナ、行こう」
「ええっ、ジナイーダも出て言っちゃうの?」
ボフミルは悲しそうにした。
「残念だけど仕方ないよ。あなたと私では生きてる世界が違うの」
などとジナイーダはすこしませた答えをする。
そして立ち上がってルナたちの側に行った。
「さよなら、じゃあね」
ボフミルは悲しそうに手を振る。
ルナたちは歩き出した。
「ほんとはね。影が何か最近薄くなってるように感じるんだ。私もだんだん変わっていくんだね。だから今のうちに遊んでいたいなって。ふふふ。ボフミルくん自分勝手だよね」
だいぶ離れた後ジナイーダは寂しそうに言った。
そうか。そうなのだ。ズデンカはなくして久しいので忘れていたが、吸血鬼になった人間はだんだんと影が消えていく。
「名残惜しいな」
ルナは漏らした。
「あいつらを助けるとして、どうやって助ける? 村の大人を呼ぶのか? そんなことをしたら憎まれるぞ」
ズデンカは煮え切らないルナに腹が立った。
「そんなことやらないよ、絶対!」
ルナはふて腐れた。
「誰にも邪魔されず、ずっと城で暮らしていたい。それがやつらの願いだ。放って置いてやれ」
「わかった」
ルナはしょんぼりした。
「ずっと暮らしていけるかわからんよ」
ハロスは皮肉っぽく笑った。
「なぜだ?」
ズデンカは腹が立った。
「人間なんぞ脆いからな。それに『骨肉の争い』なんて言葉があるだろ。姉弟ほど醜く争い合うかも知れない。今の話じゃないぜ? 数年後だ」
「やつらがそんなことする訳……」
「殺人は癖になるらしい。俺が言ってるんじゃねえ。誰か偉いやつだ。一度、誰かを殺した人間は今度何かあるとまた殺しで解決しようとする」
ハロスは何だかんだ言って人間に興味がある。繰り出してくる言葉も含蓄のあるものだ。
しかし、それが見事にルナに刺さった。
どよーんと暗雲が顔の上に垂れ込めている。
ズデンカは何も言わずハロスの頭をぶん殴っていた。もちろん配慮してないのでたちまち砕け散るが即座に再生する。
「おおおおおおお、これはすごぃ!」
ハロスは全身を震わせて悦んでいた。
「気味が悪い奴だ」
「とにかく、さっさと戻って大蟻喰……さんたちと合流しないとね」
ジナイーダが取りなした。
それもそうだ。
ズデンカはルナに注意を払いながら城の出口を目指した。
まだ暗くはなっていないだろう。
ズデンカたちには暗い方が好都合だが。




