第九十一話 ずっとお城で暮らしてる(8)
まず私は魔女が眠り込むのを待つことにしました。
隙を突いて脱出しようとしたのです。
でも、魔女はまるで眠りを知らないかのように、私たちの起きている限りは起きていました。
家の扉は外から硬く閉ざされて、外へと出れないようになっています。
こうなれば、もう魔女を殺めるより他に脱出する方法がありません。
老婆はこちらのそんな決意など気付くことはなく竈で空っぽの鍋を沸騰させています。
その中身は空でした。
きっと私たちを煮殺すつもりなんだ。私は直感でそう思いました。
身体が、もう勝手に動いていました。
魔女を竈のなかへ頭ごと突っ込んでいたのです。
申しに物狂いでした。魔女も物凄い力で突っ込んでいましたよ。
半身が焼け爛れ力なくしな垂れるまで、三十分もかかったでしょう。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
幼かったからでしょう、弟は興奮して何度も叫んでいるだけでした。
しかし、驚くべきことは起こっていたのです。私たちがいままでいた家は跡形もなく消え失せ、竈があった場所に金色の鍵が残されていたのです。
私はそれを拾い上げました。すると、綺麗な声が頭のなかに響いてきたのです。
「歩きなさい。足から血を流すまで歩き続けるのです。そこにあなたたちの暮らすべき場所があります」
もちろん、私は藁にも縋る思いで、歩き続けました。
実際に足から血が流れ始めた時、眼の前に今いる――私たちが暮らしている御城が見えてきたのです。
私の話はこれだけです。後は弟と二人でずっと幸せに暮らしているのです。
「ふむ」
ルナは鴉の羽ペンを出さなかった。もちろん古びた手帳もだ。
「どうした。書き留めないのか?」
ズデンカは訊いた。
「えーと、率直にお伝えしても宜しいでしょうか」
ルナは言った。
「はい、どうぞ」
イトゥカは答える。
「あなたのお話は比較的有名な民話集に載っているものとほとんど同じですよね」
ルナは短く答えた。
ズデンカはそれで気付いた。確かに何処かで訊いたことのある話だ。
「言い方は悪ですが、何かを誤魔化されているように感じるんです」
ルナは目を細めた。先ほどまでのねぼすけ振りがどこへやらだ。
イトゥカはびくんと震え上がった。
「あえてあなたの考えていることを実体化しても良いんですが、わたしはあくまであなたの口から聞きたい」
「私は……私は……」
イトゥカは口ごもった。
その狼狽振りがあまりにも甚だしかったため、ズデンカは憐れに思った。
イトゥカたちはルナに何の害意も向けていない。それどころか、急に現れた自分たちを歓迎してくれているのだ。
「まあルナの話が正しいとして、イトゥカが嘘を吐いているとも限らねえじゃねえか。これまでだって嘘吐きにはさんざんあってきたが、こいつがそうだとはとても思えない」
「うーん、信じて欲しいんだけどなあ。今本は手許にないけど、たぶんこの城には童話集があるだろう。イトゥカさんはそれを読んで知らずのうちに影響を受けたのかも知れないよ。悪意はないと私も思う。でも、イトゥカさんはきっと何かを隠している。重大な何かを」
そう言ってルナはイトゥカを見やった。




