第九十一話 ずっとお城で暮らしてる(4)
「さっさと案内しろ」
「どこにいるかまではわからねえからなあ」
首の後ろで腕を組みながらテキトーにハロスは言った。
「お前が言い出したんだぞ」
「えーと臭いがしたのは台所だったな。人間の食い物は食えねえけど血の代替物みてえなものはないかなと思ってな」
「代替物だと」
「山羊とかよ。あれの血は美味いんだ。犬とか猫でもいいな。動物の血も悪くはない。人間だって飲むやつはいる」
「悪趣味だな……」
ズデンカは少し引いた。
「ズデンカも色んな血を試して見たらいい。そりゃ俺は悪食だ。だがどんな血を吸っても生き伸びたいって思えるぐらい、この世界は美しいだろ?」
「そうか?」
ズデンカは軽くいなした。あまり話して気持ちのいい相手ではない。七十年以上前に別れたときも居心地が悪かったことを思いだした。
話を不自然に途切れさせたまま、二人は台所へ向かった。
台所は思いのほか綺麗だった。と言うか先ほどまで人がいた痕跡まであり、食品がいくつか置かれていた。
「最近買われたもののようだぜ」
ハロスが言った。
――なるほど、臭いがしたこと以上にはっきりと見てわかる痕跡が残されていたわけだ。
ズデンカはハロスの能力を疑った。
「どこにいるんだろうなあ?」
ハロスは四囲を見回す。
「隠し扉があるとかじゃねえのか。前行った屋敷でそう言うのがあった」
ズデンカは一年前トゥールーズである屋敷に招かれた時のことを思い出していた。
「なるほど、それじゃあ。おらああ!」
そう言ってハロスは台所の奥の壁をぶち抜いた。すると、なかには空洞が広がっていた。
「やっぱズデンカさんパねえッス! 言ってることがピタリとあたるんだからな」
ハロスはまたふざけた。
ズデンカは何も言わず奥へ進んだ。天井間狭く、子供が通れるぐらいの広さだ。身長が高いズデンカはかなり身を屈めなければならなかった。
「親は死んだのかも知れんな」
「ズデンカ、名探偵だな。何か推理した経験とかあるのか?」
あまり高くないハロスは屈めずに先に進んでいた。
「大人が通れる道じゃない。それぐらいわかるだろ」
台所では誰か住んでいると推理ぐらいは出来たようだが、今度は上手くいかなかったらしい。
「いいや、わからなかったな。小人かも知れない。小人は結構いるもんだ。マンチーノと小飼いの連中とかな」
「何でそいつの名前を知っている?」
ズデンカは驚いた。
ブラバンツィオ・マンチーノはスワスティカ親衛部特殊工作部隊『火葬人』の一人だ。もっとも既に故人となっている。
ルナは当時ビビッシェ・ベーハイムと名前を変え、『火葬人』に加わっていた。
「ちょっとばかりスワスティカを観察していた時代がある」
ズデンカはルナの過去を絶対に伝えてはいけないと思った。
「そうか。マンチーノはどんな奴だった?」
「狡っ辛いやつだよ。ミュノーナ防衛戦になれば真っ先に逃げ出すとか言っていたが、それより早くに死んだな。やはり人間はダメだ。脆すぎる」
スワスティカが吸血鬼と関わりを持っていたとはズデンカも初耳だった。あまり他の仲間と連絡を保っていなかったツケだ。
とは言え、目指す場所にはすぐ着いた。




