第九十一話 ずっとお城で暮らしてる(3)
ハロスは動き回れるがズデンカはルナを抱きかかえているため、あまり早くは行けない。
「面倒だな」
ズデンカはジナイーダと一緒に並んで階段を歩んだ。
真っ暗だが吸血鬼にとっては昼よりも歩きやすい。
「闇に慣れてきたか?」
ズデンカはジナイーダに訊いた。
「うん。今のほうがハッキリ見えるぐらいだよ」
ジナイーダは明るく答えた。
「まっくら、まっくらぁ……」
ルナは弱々しく呟いていた。
「暢気なやつだ」
ズデンカは優しく言った。
「すやすや……すやあ……」
次の瞬間にルナは熟睡したようだった。
「ズデンカとしばらくぶりに二人で話せるね」
ジナイーダは嬉しそうに言った。
「ああ、そうだな」
「オルランドに帰ったら、ルナとは離れて……私と一緒に旅しない?」
「それはできない。あたしはルナのメイドだ」
「やっぱりね。断られると思った。でも訊きたかったんだよ」
ジナイーダは寂しく笑った。
「お前の傍は絶対に離れない」
ズデンカは強く言った。
「でも、ルナか私かならルナでしょ……もうこの話は繰り返しだよね」
「ああ……」
ズデンカは力なく言った。
「ズデンカはルナと生きたらいいよ。私はまた、独りで離れて生きることにする」
「今はまだお前はヴルダラクとしての経験を積んでいない」
「でも、だいぶわかってきたよ。時間はたっぷりあるんだし、死なないように逃げ回っていれば大丈夫だよ」
「あたしは反対だ」
長くグジグジと言い訳をすれば、また同じ話が繰り返されることになる。だからズデン
は短く言うに留めた。
「ズデンカ、この城には人間がいる。何処に入るかはわからんが臭いでわかった」
ハロスが急いで駈け降りてきた。
「ほんとうか?」
ズデンカは驚いた。いるとするなら、なぜ、出て来ないのだろう。
「ああ、生きがいい。生まれたばかりの命だ。早速血を吸いたい」
「やめろ」
ズデンカは言った。
「なんでだ」
ハロスの主張は吸血鬼としてはあたり前の本能からきた発想だ。それを否定するためにはズデンカは頭を捻らなくてはいけない。
「吸う前にまず、話を訊かないといけない。とりあえずルナの寝る部屋を探すぞ」
「何でこんなやつの……」
ハロスは不満そうだ。
ズデンカはそれを無視して、部屋を探した。寝室はすぐに見つかった。二階の奥の部屋に設けられていた。
もちろん埃っぽくて蜘蛛の巣が張っていたが、ズデンカはものの一時間も掛からず綺麗にした。
ジナイーダも何も言わずに手伝ってくれたが。
「ふにゃあ」
寝息を吐くルナを横たえる。ピカピカになった部屋の中ですっかり寝心地はよさそうだ。
「さて、お前の言っていた人間のところヘ行くぞ」
「あいよ」
ハロスは頷いた。
「ジナは部屋で待っていてくれ」
ズデンカは窓辺に置かれてある古い書き物机のほうを指差した。
「わかった」
ジナイーダも従う。
ここまで他の吸血鬼に指示を出していると、自分がまるで主人のようじゃないかと考え手じまう。
――いや、あたしはメイドだ。ルナのメイドだ。
ズデンカは己に言い聞かせた。




