第九十一話 ずっとお城で暮らしてる(2)
中世に作られたもののようで、幾つもの尖塔を厚い城壁が囲っている。
「なんで貴族ならいけると思ったんだ?」
ズデンカは訊いた。
「お金持ちだったり……身分の高い人は、困ってる人を助けないとって普通思うものだから……それでしばらくの間ご飯を買えるお金を恵んで貰ったこともあるよ。ルナは名前だけは知られてるし、泊めて貰えるかも知れない」
「そうだな……城に行ってみるか」
高貴なる者の義務などということがある。金持ちは貧乏人より寛容さを示さなければならない、そういう認識は広く知られている。トルタニア各地を巡ってきたジナイーダはそのことをズデンカよりも知っているのだ。
そう言えば、今まで色んなところを旅してきたのにほとんど城に泊まったことがない。前ヴィトカツイで知り合いになったコジンスキー伯爵家令嬢エルヴィラが城にいた頃の話を聞いた覚えがある。
「しろ……しろぉ」
ルナが口から白い息とともにぶつぶつと呟いていた。
「いろいろ知ってるじゃないか。世間知に長けてるんだな……ペロッ!」
ハロスはジナイーダのほっぺたを舐めた。
「ひひいいいっ!」
ジナイーダは震え上がった。
「やめろ!」
ズデンカはハロスの頭を地ベタに押しつける。
「見込みのある同族はつい舐め舐めしたくなるんだぜ」
ハロスはテヘッと笑った。
ズデンカは薄気味悪く感じた。
「ともあれ、行こう行こう」
ハロスはさっさと歩き出した。ズデンカも従う。
だが大蟻喰と、バルトロメウスは動き出さなかった。
「どうした?」
「そんな奴と一緒にいきたくないよ」
大蟻喰は頬を膨らませた。
若干涙目で顔を赤くしている。クンデラで一敗地に塗れて以来ずっと根に持っているようだ。
「もう過ぎたことだ。気にするな」
ズデンカは促した。大蟻喰は戦力になる。 広い城内では出来るだけ動ける人数がいた方がいい。
「やーだね」
「勝手にしろ」
ズデンカは歩き出した。ハロスは大蟻喰に小馬鹿にした顔をしばらく向けていたがやがて大きく手を振って進んだ。
登り道になったが吸血鬼にとっては何ともない。
錆び付いた城門に差し掛かったがズデンカはすぐに不思議なことに気付いた。
本来なら守衛がいたり、使用人が番をしているはずなのに、誰もいない。
「おい? 誰かいないか」
返事がない。
「廃城になっているんじゃないか?」
ハロスが言った。
「なかに入ってみないことにはわからんだろ」
城門はやすやすと開いた。そもそもかんぬきを掛けていないのだ。
なかはがらんとしていた。
「何か起こったな」
ズデンカは嫌な予感がした。戦争の時スワスティカの傀儡政権が作られていたネルダは、悲惨な事件がたくさん起こったと聞く。
城主一族がまとめて殺害されることもあったのかも知れない。
「誰もいないのかー!」
ズデンカは声を荒げた。広い天井に向かって虚ろに響くだけだ。
「ベッドだけはあるかも知れない。埃まみれになっててもな」
ハロスは勢いよく階段を登っていき、姿を消した。
「離れるな」
ズデンカが叫んでも返事はない。




