第九十話 消えちゃった(10)
「どうしよう。わたしの力を使ってみようか?」
肩に乗ったままのルナが言った。
「頼む」
ルナが力を使うと寿命が縮むのではないかと心配しているズデンカは、あまり使わせたくないのだった。
だが、自分の力では何も出来ないのだから、仕方がない。
ルナは遠くを見据えた。流石に今の大勢ではパイプを吹かすことは出来ない。だからなしでやるのだろう。
「よし、わかった。向こうのほうからジナイーダさんの思念が読みとれる!」
ルナはある一地点を指差した。
「面白いな、そいつそんなこともできるのか」
ハロスは驚いていた。
「あくまで知ってる人だけですよ。うっすらと感じ取れるぐらいで」
ルナは控えめに言った。
ズデンカは速度を早めた。ハロスも尾いてくる。
見事なぐらい二人で併走して進んだ。
大蟻喰はまだ目覚めないようだ。目覚められては困る。
「しかし、あの話、オチがないと言えばないな。結局、シュブラックがどうなったのかわからねえんだし。この世から跡形もなく消えちまったなら何の傍証もねえ。史料も何も残らんのだからな」
ズデンカはかつてランドルフィ王国で史料から古代を生きたある少年の過去を明かにしたことを思いだした。だがそれすらも消えてしまっているのなら、消えた人間を確認出来るよすがは何も残されていないということになる。
「俺だって他に手掛かりを探せるなら、探してやりたかったぞ」
「だからなんでそこまで人間に肩入れするんだ。お前があたしに言いそうなセリフだぜ?」
ズデンカは辛かった。
「いや、ただ単に誰も覚えていないとか可哀相だろ? 生物として」
ハロスは戸惑った。
「あたしらは生物じゃないし、可哀相でも見捨てるのがあたしら吸血鬼という存在だろ」
「……」
ハロスは黙ってしまった。
結局ハロスもまだズデンカと同じように感情の整理が付いていないのだろう。冷酷な奴だと思っていたが、実はそうなりきれないのだ。そうありたく振る舞っているだけだ。
そして、それはズデンカも別の意味では同じだ。
相手の底が見えたように思え、ズデンカは妙に強気になった。
「あたしが好きなら、お前はルナのために戦え」
「嫌だ。誰が人間なんかのために」
「えっ、わたしのために?」
ルナが嘴を挟んできた。だんだん元気になってきたようだ。
「誰がやるか」
「だがどうせ戦うことになる。あたしはそういう風に運命付けられてる。お前が協力しようがしまいがあたしは戦うぜ」
ズデンカは強い言葉を使った。
またハロスは黙った。
「ズデンカー!」
遠くでジナイーダとバルトロメウスが立っていた。
「待たせたな」
ズデンカはルナを降ろして言った。
「その人は……」
ジナイーダは怯えた顔でハロスを見た。
「生まれたての雛みたいな吸血鬼だな。身体じゅう舐め回してやろうかな?」
ハロスはジナイーダを見て舌舐めずりをした。
「ひいいっ!」
ジナイーダは縮こまる。
「止めろ。そいつはあたしの娘だ」
ズデンカはハロスの襟首を引っ掴んだ。
「娘? ズデンカはとうとう娘を作ったのか! 昔はずっと独りでいるとか言ってなかったか?」
ハロスは反撃の好機とばかりにニヤリと笑んだ。




