第九十話 消えちゃった(9)
「俺は何年か掛けてシュブラックの故郷を探しだし、訪れてみた。同じような姓が集まっている地域だったからわかりやすかった。だが、オノレなる息子がいた記録も、記憶もすっかりなくなっていたな」
ハロスは話を終えた。
「凄いですね! 革命広場はわたしも行ったことがありましたが、確かに噴水がありましたね。そのような謂われがあったとは! わたしも飛び込んでみるべきだったかも知れませんね!」
ルナは拍手した。
「止めとけ」
ズデンカは注意した。ルナが消えてなくなるなど、とても耐え切れなかった。
「しかし、お前人間なんか興味ないとか言いながら、興味津々なんだな」
皮肉の一つでも言いたくなる気分だった。
実際ハロスはシュブラックのことを忘れず、何十年経った今でもこと細かに覚えていた。生まれ故郷まで訪れているとはなかなかのもんだ。
「当時はまあそれなりにあったんだ」
ハロスは少し気恥ずかしそうに答えた。
――一般的に吸血鬼は年々感情をなくしていくというが、こいつもその意味ではあたしと同じく半人前なようだ。
「でも、跡形もなく人が消え去ってしまうなんて興味深いですよ。消え去ったとして、われわれはそのことを覚えていないんだから。実例と遭遇するのは難しい。歴史に残る人物ならともかく(それでも完全に消えたら探しようがないですけど)、市井の人ならなおさらですよ。われわれは数多くの他人と顔見知りにすらなれずに人生を終えるんですからね。さすがは長い時を生きる吸血鬼だからこその貴重な体験です。ありがとうございます」
ルナはお辞儀をした。
「ま、まあ、人間如きでも褒めてくれるなら、やぶさかではない」
あからさまにハロスは嬉しそうだ。
――やはりこいつは単純だな。
ズデンカは笑いを堪えた。
しかし、ハロスの話に色々と疑問が生まれた。この世から跡形もなく消えた人間は一体どこへ行くのだろう。
それは死ぬのとはまた違った体験だろう。あの世でもこの世でもない、何れの時間にも属さないような空間が、存在すると言うのだろうか?
「それではあなたのお願いを一つ叶えてさしあげたい……と言いたいところですが、わたしたちの旅に同行したいということですよね。たいへんありがたいです! ぜひ吐いていってくださると助かります」
ルナは流石に口が回る。
「ああ、まあな」
ハロスは決まり悪そうにしていた。
自分から尾いていきたいと言ったのに、軽蔑している人間であるルナから歓迎されるとはあまり楽しくはないだろう。
「それでは決まりです。君、ステラを担いで」
ズデンカは仕方なしに昏倒している大蟻食を背中に右肩に担ぎ、ルナを左肩に担いでビルディングの下まで降りていった。
ハロスは言われなくとも尾いてくる。
――ジナを探さなくちゃな。
ズデンカは元来た道を物凄い速度で引き返した。
先ほどの騒ぎを聞きつけた警察官の姿も見える。
ズデンカは顔を伏せ小走り気味に進んだ。
しかし、クンデラは思いのほか広い。
血以外の臭いを嗅ぎ分けられないズデンカではなかなかジナイーダたちを見付けられそうもなかった。
――向こうも移動しているかもしれん。
ズデンカは焦った。




