○魔法を使ってみた
夜。城塞に近く、東、西、南にある関所から離れた場所にある宿の1室に3人で泊まることにした。ポトトは荷車と交換で手に入れた大き目の鳥かごに入れて持ち運んでいるから、宿泊代には含まれないとのこと。2人分の値段で実質3人が泊まることが出来る。なんだか得した気分になるわね。
「疲れたー……」
各所を歩き回って疲れ切った足を労わるように、ベッドに飛び込む。金属のバネとモコモコ動物メリの毛を使ったベッドが、想像以上に私を飛び跳ねさせる。寝返りを打つたびに程よく全身を包み込んでくれて、くたびれた私の眠気を誘って来る。これならメイドさんも休むことが出来そうね。
今日泊まる部屋は、薄く模様の入った白い壁につやのある塗料が塗られた木製の机と椅子、2人が並んで眠ることが出来る大きなベッドだけの部屋。大きさはポルタで泊まったライザ屋さんよりも少し狭いくらい。なのに素泊まりのお値段3,300n。
これでも、良くない立地のおかげで安い方だった。そこからさらに1週間の連泊をするからと値切ってようやく3,000n。ポルタだったら、朝夕のおいしいごはんまで付く、そんな値段だった。
「はしたないですが、お嬢様なので許します♪ 夕飯はどうされますか?」
窓を開けて外を確認しながら、メイドさんが聞いて来る。今泊まっている『止まり木』さんには食堂が無い。外に宿泊者が使える調理場と食卓はあるため、自炊することはできた。……わたしだから許すってどういう意味かしら。けなされたような気もするけれど、今は疲れているし無視しましょう。
「予備の食材があったはずだから、それを使って料理をしてみたいわ。恐らく今日か明日にはダメになっちゃうだろうし」
「んふ♪ かしこまりました。今日もお手伝いしましょうか?」
試すようなメイドさんの視線。昨日、一昨日はあれやこれやと彼女に助けてもらいながら料理をしてみた。これでもライザ屋さんで少しだけナイフの扱い方も学んだ身。手を借りながらではあるものの、大きな失敗もなく、美味しい料理が出来ていた。挑戦するなら今じゃないかしら。
「……いいえ。今日は1人でやってみてもいい?」
「御心のままに♪ でしたらその間に私がポトトに食事を与えておきます」
目覚めたときに私が着ていた服と同じ、繊維質な植物サーサで出来た袋に野菜を入れて1階の調理場へ向かう。そこには土から作られた四角い『レンガ』で出来た箱のようなものがある。手前と上部には穴が空いていて、下の穴には炭や灰、煤が残っていた。
どうやら下で薪を燃やして、上に開いた穴で料理をするのだと推測する。その横に水場と調理台があって、少し離れた場所に薪と黒い石が置かれていた。
大事な服が汚れないようにライザさんからもらった前掛け……紺色のエプロンを付けて、長い髪は後ろで1つに結ぶ。
「まずは下ごしらえね。芋と根菜は皮をむいて……その前にまずは火を起こさないと」
風通しが良いように薪を組んで、そこではたと気付く。どうやって火を点けようかしら。常であればメイドさんが魔法で火をつけるし、ライザ屋さんには熱石と呼ばれるものがあって、つまみをひねるだけで魔石から魔力が流れ、熱を確保できた。
「……ひとまず、物は試しよね!」
膝をついてレンガで出来た箱を覗き込み、薪の前に右のひとさし指を近づけて、メイドさんがやって見せてくれたように唱えてみる。
「【ブェナ】」
するとボッと音を立てて、指から3㎝ぐらいの場所に火が付いた。……良かった。誰でも使えるってメイドさんが言っていたけれど、正直不安だった。すぐに火は消えてしまうから、何度もそれを繰り返す。じきに火は着くでしょうし。
そう思っていたけれど、一向に火が燃え移らない。どうして? メイドさんがやっていた時は2、3度やっていればついたのに。木が湿っているのかしら。それとも魔力のせい?
「【ブェナ】、【ブェナ】、【ブェナ】、【ブェナ】……【ブェナ】!」
何度もやっているとようやく、薪に火が燃え移る。安堵と共に息を吐いた、その瞬間。猛烈な眠気が襲ってきた。全身から力が抜けていく。
「な、にが……?」
眠ろうとするには粗い呼吸。魔法に集中するあまり、息を吸うのを忘れていたのかも。膝をついて前かがみだったから、前に倒れそうになる。そして、そこには燃え始めた薪があった。このままだとまずい、わね……。
必死で腕に力を込めて、身を反らすのが精一杯。ようやく手に入れた火の温もりを目の前に、私は意識を失ってしまった。




