真実の愛に目覚めたと言い張る婚約者
心地よい爽やかな日差しが降り注ぐ城の中庭で、侯爵令嬢のシャノンは、婚約者でもある第四王子ルーレンスと、お馴染みともなっている義務的なお茶の時間を過ごしていた。
だが、いつも何かに付けて突っかかってくる物言いをする婚約者は、今日は何故か神妙な面持ちをしている……。
その様子にシャノンは、やや警戒しつつも気付かない振りを貫き通す。
すると、ルーレンスが何かを決意したように重い口を開いた。
「シャノン……今日はどうしてもお前に伝えなければならない事がある」
「まぁ、何でございましょう? 先日の夜会でのわたくしのコーディネートに対するルーレンス様のご不満でしたら、もう十分お伺い致しましたが?」
「そんな事ではない! もっと重大な話だ……」
「重大?」
いつもと違うルーレンスの重苦しい雰囲気に流石のシャノンも真面目に話を聞いた方がいいと判断する。
すると、ルーレンスはジッとシャノンを見据えながら、ゆっくりとやや低い声である事を告げてきた。
「どうやら私は、真実の愛に目覚めたようだ……」
その言葉にシャノンは一瞬だけ目を見開いて驚くが、すぐに呆れた表情を浮かべてしまった。
今、社交界の貴族令息達の間では「真実の愛に目覚めた」と言っては、政略的な意味合いで交わされた婚約を破棄し、やや身分の低い別の女性を自分の婚約者にしようとする動きが流行っている……。
どうやらルーレンスもその流行に乗っかるらしい。
「はぁ……。真実の愛……でございますか」
「そうだ。それ故、お前には頼みたい事がある」
その後に続くと思われる言葉をすぐに予想出来たシャノンは、更に呆れた表情を浮かべ、大きなため息をつく。
同じ16歳のルーレンスとは、6歳の頃に政略的な意味合いで婚約させられた。
その背景には、フォレスティ家の子供が自分と姉だけという事が関係している。
その為、代々王家の側近として仕えている家柄ではあるフォレスティ家だが、それはシャノンの父の代までとなってしまった。
そんな跡継ぎ問題と希薄になりかけた王家との関係を繋ぎとめる為、父は王子の一人を姉の婿にと国王に進言した。
しかし、その姉は王太子でもある第一王子に見初められてしまう。
姉への婿入りどころか、姉が嫁入りする羽目になってしまったのだ。
その結果、家を継ぐのは次女シャノンの夫となる男性だ。
しかし侯爵家ともなると、それなりの爵位と能力のある男性でないと跡継ぎとしての婿とは認められない。
同時に王家側でも第一王子の希望を通した所為で、本来婿入りではなく、長女を娶る形になってしまった事に対して、フォレスティ家に負い目がある。
何よりも王家側では、長男以外の三人の息子に公爵として臣籍降下させる際に渡せる領地を現在は、あまり持ち合わせていない。
この婚約は、王家とフォレスティ家のお互いの利害が一致したものだった。
そういう背景もあり、シャノンは年齢が同じ第四王子でもあるルーレンスとの政略的な婚約を交わす事となったのだ。
しかし幼少期のルーレンスは、今以上に俺様だった……。
末っ子という事もあり、両親だけでなく三人の兄達からも可愛がられていたルーレンスは、世界は自分の為にあるという感じだった。
その為、初の顔合わせの際、自信に満ちた表情のルーレンスは、威圧的な態度でシャノンに接触して来た。
対するシャノンも妹気質な上に侯爵家で大切に扱われ、可愛がられていた。
要するにシャノンの方も「嫌な物は嫌! 欲しい物は欲しい!」とハッキリ自己主張する子供だったのだ……。
何よりもこの時のシャノンは、姉の事が大好きで、その姉に遊んで貰う事に夢中になっていた。
だが初めて訪れた王城で待っていたのは、偉そうな態度で「遊んでやる!」と言って来た意地悪そうな男の子だった。
この初対面で我が強い者同士の二人は、すぐに喧嘩を始めた……。
そんな二人の仲裁役をしてくれたのが、4つ年上で第一王子に見初められた姉オフェリアだった。
オフェリアは、母譲りの美しい金髪に淡い青緑色の瞳をした美少女だった。
父譲りの榛色の髪にグレーの瞳をした地味なシャノンとは、大違いである。
優しい物腰と美しい所作を10歳と言う幼さで、すでに身に付けており、シャノンの自慢でもあった姉。
そんな姉はシャノンの面倒を見ていた所為か、幼い子供の扱いも上手で、二人の仲裁に入った際、見事にルーレンスの心をも鷲掴みにする。
それ以降、二人の喧嘩の主な原因は、シャノンの姉オフェリアの取り合いという事が殆どだった……。
その姉も二年前に王太子である第一王子のルーレンスの兄の妻となり、現在は王太子妃となってしまった。
しかしルーレンスの中での理想の女性像は、すっかり姉オフェリアのような女性となってしまっているようだ。
その証拠に婚約が結ばれてからのこの10年間、事あるごとにルーレンスは、姉と比べながらシャノンを落とす言動を口にしていた。
そして最近、そんなルーレンスは夜会等で姉と似た雰囲気を持つある伯爵令嬢との仲睦まじい姿が目撃されていた。
その事も踏まえて、今自分がルーレンスから婚約破棄を突き付けられると、シャノンは確信したのだ。
何が「真実の愛に目覚めた」だ。
どうせなら「お前が気にくわないから婚約破棄したい」と言って貰った方が、まだスッキリする……。
そう思ったシャノンは、敢えてニッコリと微笑む。
「どうぞ、そのご要望をおっしゃってください。出来る限り、ルーレンス様のお力になれるようご協力させて頂きます」
穏やかそうな笑みと協力的な言葉とは裏腹にシャノンの声は冷たい。
それは次に放たれるルーレンスの要望が、真実の愛を貫く為に自分との婚約破棄を希望する内容だと確信していたからだ。
そのシャノンの態度にルーレンスが、やや後ろめたそうな表情を浮かべる。
「シャノン……。来週より城内に滞在し、本格的に挙式に向けての準備に全力で取り組んで欲しい」
「かしこまりました。婚約破棄でございますね? 謹んでお受け……」
ルーレンスの言葉をよく聞きもせず、明後日の方向を向いたまま、用意していた言葉をツラツラと告げようとしたシャノンは、ピタリとその言葉を止めた。
今、この第四王子は何と言った?
シャノンは予想外の言葉を口にした婚約者の方へと、ゆっくり視線を向ける。
すると、先程と変わらず神妙な顔つきのルーレンスが再度口を開いた。
「真実の愛に目覚めた。その為、お前との挙式を早めたいので来週から城に滞在し、早急に婚礼の準備に取り掛かって欲しい」
そう言って真っ直ぐにシャノンを見据えるルーレンス。
婚約者のその信じられない言葉にシャノンが目を丸くしたまま、空気を求めるように口をパクパクさせる。
「ご……ご冗談を! わたくし達の間には、真実の愛ではなく、いがみ合いという言葉の方がピッタリの関係だったと記憶しておりますが……」
「だから『目覚めた』と言っているだろう!!」
「どうしたら、そんな急速に目覚められるのですか!?」
「知るか! 急に目覚めてしまったのだから、理由など説明出来ない!!」
やや不貞腐れた表情で言い切り、そっぽを向く婚約者を謎の生き物でも見る様な目で、茫然と見つめ返していたシャノンだが……。
すぐに片手を額に当て、苦悩するような仕草をする。
ルーレンスが俺様な性格なのは、昔からなのでよく知っている。
だが、無能バカではない……。
むしろ成長する上で公務に関しては、上の三人の兄達と同様に優秀にこなし、猫を被る事も覚えたので、幼少期を知る家族や側近、そして自分と姉以外から見れば、非の打ちどころがないこの国の王子の一人として見られる程だ。
更に淡い薄茶色のサラサラな髪質に濃いエメラルド色の瞳を持つルーレンスの容姿は、一番人気だった第一王子の次に令嬢達から人気を得ている。
逆に地味色で構成されている婚約者のシャノンの方が、見た目が不釣り合いだと周りの令嬢達から、陰口を叩かれる事が多いくらいだ……。
「ルーレンス様……。もしや体調が優れないのでは……?」
「熱などない!」
「ですが……このような突飛な事をおっしゃるのは、いささか尋常でないご様子としか思えないのですが……」
「私は至って正常だ!」
どう考えても異常としか思えない急激な心変わりをしたルーレンスにシャノンは、頭を抱えたくなった……。
時折、突飛な事を言う事はあったが……いくら何でもこの心境の変化はおかし過ぎる。だが本人は、その異常さに全く気付いていない……。
そんな頭を抱えかけていたシャノンは、ハタとある考えに辿り着く。
そしてその考えを導き出した瞬間、キッとルーレンスを睨みつけた。
「ルー!! いい加減にして!! あなた、また私に嫌がらせ的な悪ふざけをしようと何か企んでいるでしょう!!」
苛立ちから思わず幼少期から呼んでいた愛称で怒鳴りつけてしまったシャノンに対して、ルーレンスは無表情のまま、しれっと返す。
「企む? お前は随分と歪んだ考えをする人間なのだな。そこは素直に前向きに受け取ったらどうだ?」
「受け取れる訳ないでしょう!? 少し前まで会えば嫌味の言い合いか、倦怠期の夫婦のような義務的に一緒にいる時間の過ごし方をして、お互い嫌々面会しているような状態だったのよ!? それがいきなり『真実の愛に目覚めた』と言われても素直に受け止められる訳ないじゃない!!」
先程までの淑女の仮面をかなぐり捨てたシャノンは、捲し立てるようにルーレンスに抗議した。
今でこそ王族に対する接し方を多少なりとも心掛けるようになったシャノンだが、元々は幼少期からずっとこんな感じでルーレンスには接していたのだ。
ルーレンスの方も特にそれを咎めもしなかったので、二人きりの時に感情的になるとシャノンは、その素の接し方に戻ってしまう。
そんな感情的になったシャノンの抗議の声を聞いたルーレンスだが……こちらも急にガタンと席を立つと同時に勢いよくテーブルに手を突く。
そして目を据わらせて、凄むようにシャノンをキッと睨みつけた。
「そのお前との関係に耐えかねたから、真実の愛に目覚める事にしたのだ!!」
「はぁ!?」
訳が分からない……。
それでは『真実の愛に目覚めた』ではなく、『真実の愛だと思い込む事にした』の間違いではないのか……?
そもそも何故それでシャノンとの挙式を早めようとするのか、理解出来ない。
バカではないと思っていたが、本当はバカだったのではないかと思い始めたシャノンは、段々とルーレンスに向ける視線が同情めいたものになっていく。
その視線から、何となくシャノンの考えを読み取ったルーレンスが、更に目を凄ませて怒りを露わにしてきた。
「お前は初めて会った時からそうだ! こちらがどんなに誘っても『お姉様と遊ぶからルーレンス様とは遊ばない!』と、そればかりだっただろ!!」
「だって! あなたはいつも偉そうに『遊んでやる』って上から目線で、意地悪な誘い方しかして来なかったじゃない!! 大体その後、私がオフェリアお姉様と遊んでいると、いつもお姉様を独り占めしようと奪おうとしていたでしょ!? 本当は私ではなくてお姉様と婚約したかったのではないの!?」
「何故、そうなる!!」
「じゃあ、最近親しいあの伯爵令嬢は、何なの!? あのご令嬢、雰囲気や髪と瞳の色が妹の私よりもオフェリアお姉様にそっくりじゃない! だから彼女との真実の愛に目覚めたのではなくて!?」
するとルーレンスが一瞬目を見張るが、その後に小さく息を吐く。
そして再び椅子に腰を下ろし、一度話を仕切り直すような動きをした。
「それはセリーヌ嬢の事だな。彼女はフィリップ兄上が好意を寄せていたが、奥手過ぎて話しかけられず、私に間を取り持って欲しいと頼んでこられたから協力しただけだ。来月辺りに二人の婚約が発表されるぞ」
「間を取り持った……?」
フィリップはルーレンスより一つ年上の第三王子だ。
中性的な美しい容姿な上に物静かで内向的な性格なので、確かにその話は納得出来るが……だからと言って何故、姉と似たようなタイプへ恋に落ちたのかは、あまり考えたくはない……。
「そ、それでは……ルーは一体誰への真実の愛に目覚めたの?」
「先程から言っているだろうが! お前への真実の愛に目覚める事にしたから、さっさと挙式の準備をして欲しいと!」
「その『目覚める事にした』という言い方が引っ掛かるのよ!!」
「元々好意を寄せている相手であるのにその気持ちが、全く伝わらないのであれば、それ以上の愛情として称するのに『真実の愛』と言うふざけた言い回しをするしかないだろう!!」
そのルーレンスの言葉に一瞬ポカンとしたシャノンだが……。
見る見るうちに耳まで真っ赤になった。
「こ、好意を寄せているって……そんな素振り一切見せた事なかったじゃない!! 会えばすぐにお姉様と比較しながら嫌味ばかりで……。それでいきなり『お前への真実の愛に目覚めた』とか言われても信じられないわ!」
「それはお前が昔からオフェリアにベッタリ過ぎて、私が何かに誘っても『お姉様と遊ぶから嫌!』と言っては断り続けていたからだ! だから私は、お前がオフェリアに抱くその執着心を削ぎ落とそうとしたのだ! そうすれば自然と私の誘いにも乗ってくるだろうと思ったのだ!」
そこで初めて幼少期のルーレンスとの姉の取り合いの事実を知ったシャノン。
ルーレンスが気を引きたかったのは姉ではなく、自分だったのだ……。
そうであるのならば、尚更納得出来ない事がシャノンにはある。
「だったら、もう少し優しい誘い方をすれば良かったでしょう!?」
「ちやほやされて育った6歳児にそんな謙虚さが、ある訳ないだろう!」
「でも成長後であれば、行動を改められたはずよ!?」
「その時にはもうお前は、すっかり私に対して嫌悪感をむき出しにしていただろう!! その状態で急に私が優しい言葉を掛ければ、お前はどう感じる!?」
「き……気持ち悪いなって……」
「そう思われてしまう事が容易に想像出来る状態で、優しく出来るか!!」
そこまで言い切ったルーレンスは、そのまま気を静めるように一度口を噤む。
すると、気まずい沈黙が一瞬だけ訪れた。
その間、シャノンはこんがらがってしまった思考を何とか立て直そうとする。
だがその思考が整理される前にルーレンスが、再び口を開いた。
「真実の愛に目覚めたと言えば、また初めからやり直せるかと思ったのだ……。今まではその事に気付けなかったから、意地の張り合いのような態度しか出来なかったが、それは目覚めていなかったという理由を付ければ、もう一度意地の張り合いをする前の状態に戻れるかと……」
自身でもややこじつけ的な言い訳に逃げる方法だったと認識しているのか、そう語るルーレンスの言葉は最後が尻すぼみになってしまった。
そんな俺様王子にシャノンが盛大なため息をつく。
「それならば『昔からずっと好きだった』と正々堂々と告白して欲しかったのだけれど?」
「そうしていたら、お前は私からの好意をすんなり受け入れられたか?」
「…………」
「無理だろうな。お前も私と同じくらい感情と発する言葉が、真逆になるタイプなのだから。私達は言葉で交流を図ろうとすると、どうしても気持ちとは真逆の言葉を吐いてしまうようだからな……」
「だからって、最近流行している『真実の愛』で誤魔化すのは……」
するとルーレンスが、キッとシャノンを睨む。
「だが、お前は私に甘い言葉を吐かれたら気持ち悪いと感じるのだろう?」
「そ、それは……」
「正直、私もお前からの甘い言葉は聞きたくはない。そして自身でも吐きたくはない! 甘い言葉はダメだ! 虫唾が走る!」
「ちょっと! それでは私とどうなりたいか、よく分からないのだけれど!?」
この婚約者の言動は、本当によく分からない……。
真実の愛も意味が分からずに言っているのではないのだろうか……。
そう思ったシャノンは、ルーレンスにかなり呆れた視線を注いだ。
だがそんな視線に気づかないルーレンスは、視線を落としたまま、ポツリとある一言を呟く。
「だが……甘い触れ合いはしたい……」
その呟きにシャノンが大きく目を見開く。
「もう夜会のエスコートの際、必要最低限の触れ合いしか出来ない事には耐えられない……。今のように一緒に過ごす時間が殺伐な雰囲気になるのも嫌だ。他の男にダンスに誘われている時に口出し出来ない煩わしさにもウンザリする……。私は今のように意識的でない無意識の状態では、言葉を素直に吐く事は得意ではない。そしてそれはお前も同じはずだ……。だが、触れ合いに関しては別だ。何も考えなくとも感情のまま、無意識で素直に行動出来る……」
まるで悪戯を責められて拗ねる子供のような表情で、ルーレンスがボソボソ言い訳じみた事を語り出す。
「だからといって、真実の愛に目覚めたという言い方は……」
「真実の愛に目覚めたと宣言すれば、今後過剰なスキンシップを図ってもお前が不快感を抱かず、仕方ないと甘んじて受けてくれると思った……」
気まずそうにそう白状する婚約者にシャノンが唖然とする。
いくらここ最近、この『真実の愛』を盾に簡単に婚約を破棄し出す令息達が多いからと言って、この言葉にはそんな絶大な効果がある訳などない。
だが、ルーレンスの中では『真実の愛』と言い張れば、想いを貫き通す事が出来る言葉となってしまっているようだ……。
「甘んじる訳ないでしょう!! 言葉責めより恥ずかしいわ!」
「そうだろうか……。お前はただ俯いて私にされるがままになっていれば良いのだから、恥ずかしい行動をしているのは私だけだろ?」
「人前で愛でられる方も恥ずかしいのよ!」
「人前でなければいいのか?」
「そういう問題ではないの!」
そう言い切ったシャノンだが……まさかルーレンスが自分に対して、そこまで好意を抱いていたとは思ってもみなかった。
顔を合わせばすぐに嫌味な挨拶をしてくるし、一緒に過ごしている時は常に姉と自分を比較するような話ばかり。
夜会では必要最低限のエスコートをして、さっさとどこかに行ってしまう……。
試しに他の男性からのダンスの誘いを全て受け、ルーレンスの反応を窺った事もあったが……その時も特に無反応だった。
だが今の話を聞く限りだと、嫌味な挨拶は俺様だった第一印象の悪さから、嫌悪感をむき出しになってしまったシャノンに対して、そういう態度しか取れなくなっていただけで、姉との比較はシャノンの姉への執着心を削ぎ落として、自分の方へ気を引こうとしていたらしい……。
夜会の際も平常心を装いながら心の底では、かなりご立腹だったようだ。
この10年間、ルーレンスがシャノンに対して思うように関係醸成出来なかった事に関して、もどかしい思いをしていたのは何となく理解は出来た。
だが、この問題には肝心な事がすっ飛ばされている……。
「ルー。あなたが10年間、私に対してどんな感情を抱いてくれていたかは、何となく分かったわ。でもね、そうやって挙式を早める事を勝手に決めるのは、どうなの? まだあなたは私の気持ちを確認していないでしょう?」
するとルーレンスが、珍しくキョトンとした表情を浮かべた。
「気持ちの確認も何も……。オフェリアからお前が私とセリーヌ嬢の仲を疑い、非常に気にしていると聞いたのだが……。それはお前の方も私に対して好意を抱いているという事ではないのか?」
そのルーレンスの言葉にシャノンは、ビクリと体を強張らせた。
「き、気にするに決まっているでしょう!? だってあなたが本気でそのセリーヌ嬢に入れ揚げていたら、私は今後の身の振り方を考えなければいけないのだから! でもどうしてそれが、あなたへの好意を抱いている事になるのよ!」
「お前はセリーヌ嬢の身辺情報をやたらと調べていたと聞いたが? それは私が想いを寄せていると勘違いをしたお前が、セリーヌ嬢に対して嫉妬心を抱いた故の行動だったのではないのか?」
6割ほど図星を指されたシャノンの顔が、またしても耳まで真っ赤になる。
確かに色々と気にくわない所は多いが……シャノンはルーレンスの事を嫌っている訳ではない。
むしろ顔は好みの方ではあるし、性格も俺様だが鬱陶しいタイプではないので、そこまで不快感は抱いていない。
そもそも今、ルーレンスの自分に対する気持ちを知ってしまってからは、以前よりも印象が良くなってしまっている。
その混乱もあり、シャノンが真っ赤な顔で一瞬動きを止めると、その心を見透かしたように何故かルーレンスが、やや勝ち誇ったような表情を浮かべた。
そのルーレンスの態度にシャノンが顔を赤くしたまま、キッと睨みつける。
「だ、誰がそんな事言ったのよ!?」
「オフェリアだ。そしてオフェリアは、お前の友人令嬢達から相談されたと言っていた」
「お、お姉様ったら……!!」
姉のオフェリアは、王妃教育も立派にこなした素晴らしい女性ではあるが……性格の方はマイペースでポヤポヤしている。
恐らくルーレンスへのこの情報漏洩は一切悪気はなく、世間話程度で彼に話してしまったのだろう。姉の事は大好きだが、こういう部分は本当に困る……。
そんな事を思いながら、シャノンが複雑な心境でワナワナしていると、その様子を見ていたルーレンスが苦笑した。
「やはり私達は口を開くとダメだな……」
「だからと言って過剰なスキンシップ案は、どうかと思うわ!」
「挙式後なら問題ないだろう?」
「そもそもその挙式を早めると言う極端な思考がおかしいのよ! まだ私達は16なのだから、成人するまで後二年くらい待っていられないの?」
「嫌だ。もう待てない」
「どうしてよ!? 挙式しなくても軽度なスキンシップなら出来るでしょ!?」
「10年間も待った結果、限界に達したから現在流行している『真実の愛』に賭けたのだ。それに私がしたい過剰なスキンシップは、挙式後でないと出来ない部類だ」
そのルーレンスの言い分に一瞬動きを止めたシャノンが、何かを溜めるように大きく息を吸い込み、その後それらを吐き出す。
「それ、絶対にスキンシップの領域を越えている行為よね!?」
一週間後、ルーレンスの要望通りシャノンは、婚礼の準備と称して城に滞在する事となった。しかし挙式に関しては、国王夫妻の判断で二人が成人するまで保留する方向となり、ルーレンスはかなり落胆していた。
だが、ルーレンスは「真実の愛に目覚めた」と主張し、今まで一切出来なかったシャノンへのスキンシップを堂々としてくるようになってしまう。
その度にシャノンは、抗議の声をルーレンスに上げていたのだが……返ってくる言葉は、今まで通りのシャノンの揚げ足を取る様な捻くれた物だった。
しかしそれとは裏腹にルーレンスのシャノンへの接し方は、誰が見ても大切な物を扱う様な甘い雰囲気の物ばかりだった。
そのルーレンスの急変したシャノンへの接し方は、あっという間に社交界で話題となり、今まで不仲説のあった二人は、いつの間にか仲睦まじい婚約者という印象を抱かれるようになる。
実際は口を開けばお互いが捻くれた言葉を浴びせ合う事が多いのだが、感情に忠実なルーレンスの接し方が加わっただけで、今までシャノンが抱いていた婚約者への不信感がなくなり、ルーレンスの印象がガラリと変わった。
すると、自然とシャノンの表情も柔らかくなる。
そんなシャノンの反応からルーレンスの接し方は、ますます甘い物となった。
そしてその甘さが増すルーレンスの過剰な接し方は、日に日にシャノンの羞恥心を慣れの所為か、麻痺させていった。
そんな中、夜会やお茶会等で現在大流行している『真実の愛を見つけた』という令息達が、今までずっと寄り添っていた婚約者に婚約破棄を突き付ける場面に何度か遭遇する。
すると、横でルーレンスがボソリと呟いた言葉にシャノンは苦笑した。
「あの程度で真実の愛とは笑わせる……」
10年間も改善策も見出せず、ズルズルと意地の張り合いをしてしまった結果、限界を感じて真実の愛だと言い張る事で、この状況を打開しようと足掻いたルーレンスには、数週間やそこらで生まれた愛情など真実の愛では無いと思うのだろう。
しかしシャノンからしてみると、ルーレンスのその愛情も真実の愛ではないと思っている。強いて言うならば『執着の愛』だ。
だがルーレンスは「真実の愛だ」と言い張り、それを大義名分としてシャノンに対して遠慮のないスキンシップを満喫する事に利用している。
その日に日に甘さが増すルーレンスのシャノンへの接し方は、周囲の人間達にある懸念を抱かせるようになる……。
このままでは挙式前にシャノンが第四王子のお手付きになるのでは……という事が心配される程、ルーレンスのスキンシップは過剰になっていった。
対してその被害者であるシャノンは……三か月目辺りから、すっかりその甘い接し方に慣れてしまい、あまり羞恥心を抱かなくなった。
それをいい事にルーレンスの愛情表現は人目を憚らず、更に甘い接し方を無意識でシャノンにするようになってしまう。
そんな二人の様子を目の当たりにした周りの人間達は、この二人の挙式を早めた方がいいと判断する。特にシャノンの父であるフォレスティ侯爵は、娘の体裁の悪化を懸念し、挙式を早める事を強く主張した。
その結果、シャノンは成人する前の17歳でルーレンスと挙式する事となる。
「夫婦となってしまったら、会話をする機会が増えてしまう。そうなれば、また以前のような意地の張り合いとなり、関係が悪化してしまわないだろうか……」
そんな事を呟くルーレンスだが……。
行儀悪くソファーから両足を投げ出すように寝転がり、シャノンの膝の上に頭を乗せながら、その榛色の長い髪を一房掴んで弄んでいる今の状況からでは、その未来は恐らくやっては来ないだろう。
あと少しで夫となる婚約者に白い目を向けたシャノンは、深くため息をついてから、自分の膝の上のその婚約者のサラサラな薄茶色の髪を一度だけ軽く梳く。
するとルーレンスが、心地良さそうに目を細めた。
やはり自分達は言葉で交流するよりも接する事で交流した方が円満なようだ。
そんな未来の夫は「これは真実の愛に目覚めた所為だ」と言い張っては、言葉ではなく行動で示す事で、毎日のように自分の中の愛情をシャノンに伝えてくる。
作品をお手に取って頂き、本当にありがとうございました!
尚、他の王子達の話もそれぞれあるので、ご興味ある方は評価ボタン下(上か?)にある作品名のリンクから、どうぞ!