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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

南瓜頭をぶち撒けろ

作者: 海月 楽

目の前でよろけた少女に手を差し伸べ、少女が自分の手を取り目が合ったその時、二人は恋に落ちた。

それが始まりだった。

少女のクリクリとした青い瞳に吸い寄せられ、時が止まったように見つめ合い、気がつけば名前をたずねていた。


「…名前は?」

「イザベル、と…」

「イザベル…イザベルか…」


彼女の顔と名前を脳裏に焼き付けるように二度呟く。


「あのっ…助けてくれてありがとうございます!お礼をしたいのですが…」


彼女が差し出した手を両手で包み込んでくれた時、この思いが一方通行ではないのだと分かった。

運命的な出会いに舞い上がる気持ちを押さえることなんて若い二人にはできず、その日は後の約束など忘れて日が陰るまで二人お喋りを楽しんだ。


忘れてしまっていた遠い記憶に乾いた笑いのような呼吸音が空っぽの頭の中で響く。

そこから二人は間違った。

そうか…今日は…

年に一度のお祭りの日、そしてただ朽ちることなく漂うだけの自分が周りから認識される一年で唯一の日。


「いたぞ!南瓜頭だ!」


少年の元気な声が村に響き渡る。

木の棒を持った子どもたちがわらわらと集まり自分を取り囲む。


「まずは足を狙え!」


少し大きな少年が自分より幼い子どもたちに教えるようにそういいながら、大きく振りかぶった。

ばこん、と大きな音を立てて木の棒は自分の太ももへと当てられる。

何度繰り返そうとも慣れない痛みによろめき、屈むと、次は背中を他の子ども達の木の棒が狙う。

ボコボコと何度も背中を殴られ、呼吸する鼻と口は空洞があるだけなのに上手く息ができずにうずくまる。

頭の後ろで一際大きく振りかぶっている気配の後、予測通り後頭部に衝撃を受けて目の前が真っ暗になり、意識を失った。


日が明るくなると元に戻った頭をぶら下げ、また誰にも認識され無い日々を過ごす。

祭りの後の子どもたちは皆が幸せそうだ。

南瓜頭に詰まっていた魔女のお菓子を分け合う、村の子どもたちのご褒美の日、それを大人も微笑ましく見守る日。

だから、頭を潰された南瓜頭のことなど誰一人気にかけ無い。

はじめのうちは逃げ隠れていたが、魔女の声が風に乗って南瓜頭の居場所を囁いてくれるのだ。

『南瓜頭はあっちよ、南瓜頭をぶち撒けて』

年に一度のご褒美を与えてくれる良い魔女に囁かれ、皆楽しく、賑やかに南瓜頭を叩き潰す。

まるで南瓜頭は魔法で動く魂の無い人形だと思っているように。

一年後の祭りまでまたあても無く動ける範囲である村の中をずっと歩いたり、ただ座り込んで動かなくなったりを繰り返す。

そんな日々が続くと思っていた。


緑の瞳が見えないはずの南瓜頭を捉えて、確実に映していた。

緑の瞳の持ち主は引っ越してきたばかりか、なんの理由があって村を訪ねているのか、見かけたことのない少女だった。


「貴方が噂の南瓜頭さん?」


口に空いた空洞では話すことができず、ゆっくりとうなずく。


「私、カーラって言うの。よろしくね。」


少女はそう言って近所の村人に挨拶するように微笑んだ。

しかし、それで感情が揺らぐことがないくらいには一人誰からも相手にされることのない無機質な時間が経ち過ぎていた。

この時も空洞の瞳は村の風景のようにあるがままの事実だけ映しただけだった。


少女はそれからも普通に話しかけてきたが、南瓜頭が周りに見えないと分かると皆にバレないように、けれどいつも一人の人間に対面するがごとく、時に微笑み、小さく挨拶をしてくれた。

そしてまたあの祭りの日が来た。

今年はいつものように自分に挨拶をしようとした彼女の目の前で子どもたちから木の棒で殴られた。

まずは鳩尾に一発、腰にも一発、頭に数発、最後の一発が振り下ろされる瞬間、彼女の悲壮な顔を浮かべた姿が空洞から見えた。

その時、擦り切れて無くなってしまっていたはずの心が少しだけ動いた気がした。

あの子は…この後どうなるのだろう…

怖がってもう声掛けたりもしなくなるのだろうか…

だからといって怒り悲しんだりはしないのだが、ただ挨拶をしてくれる時のあの子の愛嬌のある笑顔が意識の奥に張りついていた。

気がつくと何処かの部屋の中にいた。

場所を確かめるように首を左右に振ると、隣ですやすやと寝息をたてるカーラがいる。

話すことも触れることもできない自分はただその光景を見入っていた。

得体の知れない化け物の隣で無防備に寝入るカーラは今まで見た誰よりも純粋で美しいと思った。

ゆっくりとまぶたが開くその姿も眠りから目覚める物語のお姫様のようだ。


「良かった…元に戻ってる…痛みは大丈夫?」


眠そうな目をまた細めて彼女は言う。

彼女が触れようとした南瓜頭は透けるように指を通してしまった。

祭りが終わり、また実体のない日々に戻ったのだ。

答えたいが声の定をなさず、ボォォ、と空っぽの頭に風が響く音がする。

諦めて頭を横に振る。

本当は毎年頭を割られる度に慣れることのない普通の人間並みの苦痛を感じているのに、この時はどうしてか嘘をついてしまっていた。

彼女は起き上がると背伸びをした。

自分と同じように床で寝ていた分、体が痛くなっているのか、彼女の体からはポキポキと音が鳴なっている。

朝になれば生きている彼女は身支度しなければならないだろう。

黙って去るには薄情だからと軽く会釈して部屋を出ようとすると彼女から引き止められる。


「待って。来年…来年の祭りの日は家にきて。絶対に守るから。」


彼女の丸い瞳には強い意志を籠もっている。

そんなことをしても無理だよとも言えず、首を横に振って彼女の部屋から出た。

しかし、それ以来彼女が余計に目に入るようになってしまった。

以前から挨拶されるので視線を向けることが多かったが、今はそれ以上に彼女を見てしまう。

そして、彼女が祭りの一件から村人とも少し距離を置いてしまっていることを嫌でも知ってしまった。

彼女に良くしてくれていた勤め先の夫婦も、いい感じだった酒屋のジョンも、よく面倒を見ていた村のこどもたちも、今も笑顔を絶やすことは無いが以前のように近づこうとはしていないようだ。

自分のせいでとも思ったが、自分は彼女の為にどうすることもできない。

いつか自分を含めた村人に愛想を尽かして逃げていくのだろう、そしてその光景を自分はただ黙って見つめているのだろう。

そうこうしているうちにまた一年が過ぎていた。

祭りの前日は自分の手に合った木の棒を探す子どもたちで溢れている。

試すかのように子どもたちが自らの手の平にパシパシと打ち付ける木の棒は、次の祭りでどのように自分を痛めつけるのだろうか。

その光景を見つめながらフラフラと漂っていると、なんだか落ち着きのないカーラを見つけた。

カーラは目が合うと一目散にこちらへと駆け寄った。


「私の家に来て。」


彼女は自分の前で小さく呟くと案内するかのように自分の部屋へと向かう。


「今年は私が守るわ。」


部屋に入ると彼女は振り返ってそう言った。

ああ、一年前の約束か、と思い出しながらただ彼女を見める。

律儀に守らずに村を離れたらよかったのに、と単純にそう思ったが、なんだか彼女の言う通りにしたい気分なのだ。

自己満足で並べられた彼女と自分の分の食事、スプーンを持てないと知ってシチューを食べさせようと口に運んで椅子の上に落としてしまったとしても、その愚かな行動に合わせたかった。

朝が来て透けていた実体の自分の手の輪郭がはっきりといていることに気づいた時、心臓がドクリと少しはねた。

毎年少し憂鬱だった日がなんだか今日は舞い上がっている。

不躾だと知りながら、眠っている彼女の頬にかかった髪を耳にかけて整える。

その瞬間、今まで彼女に対して自分がやりたかったことがわかり、身体中の血液が動き出すような気がした。


「ん…おはよう、南瓜頭さん。」


以前のように朝起きて微睡みの中で微笑む彼女はやはり誰よりも美しい。

慌てて不埒な手を離そうとするが、カーラはその手をしっかりと捕まえた。


「あのね、前酔っ払いに絡まれた時、南瓜頭さん、私を助けてくれたでしょう?あれがすごく嬉しかったの。だから、今日は私が守るの。」


ああ、あの時のこと…

カーラが広場で酔っ払いに絡まれた時、カーラと酔っ払いの間に立ったことがあった。

だからといって、実体のない自分が何もできることはなかったが、間一髪通りがかりの人に酔っ払いは取り押さえられて大事に至らなかった。

しかし、自分としては何もしてないのだ。

大きな南瓜頭を傾ける。


「帰り道ずっといてくれたし、眠るまでそばにいてくれたでしょう?」


確かに帰り道は彼女の横に居たし、眠るまでそばにいて欲しいと彼女から言われて付き添った。

でもただそばにいただけだ。


「その気持ちが嬉しかったの。」


実体化した自分の体に彼女は腕を回してハグをする。

その感触が彼女の心にも触れることができたようで嬉しい。

そう、嬉しい。

彼女の背中に遠慮がちに自分の手を添えて抱きしめ返す。

いつも色んなものを与えてくれる彼女に何かしてあげたかった。

どうしようもなく愛しい彼女の為に。


「…なーんてね。」


自分の胸の中から彼女の低い声が聞こえた。

その瞬間、抗えない突風が部屋の中で吹き、体を部屋の外へと押し出した。


「あ、南瓜頭だ!」


子どもの声がする。

そして今年は脇腹にはじめの一発を食う。

ボキッという骨の折れる音がして、さらに追撃が始まる。

外から出てきたカーラは微笑みながらその様子を見下ろしていた。

カーラ…カーラ…

元に戻ってしまった人間の心が彼女を求めて、足掻くように手を伸ばす。

しかし、目の前に木の棒が現れ、顔面に強い衝撃を受けると、いつものように視界が真っ暗になって意識は途絶えた。


「起きて。」


彼女の声がする。

愛しいカーラ…

見知った顔が自分の顔を覗き込んでいる、がしかし、それはカーラでない。

君が…いや、カーラは君だったのか…


「そうよ?楽しんでもらえたかしら?」


夜のような黒髪に月のような黄色い瞳をした女は南瓜頭の考えを読み取って返事をした。

昔に結婚の約束をしていた人、そして二人の運命の出会いの為に犠牲にしてしまった人。


「最後にね、プレゼントがあるの。イザベル!」


彼女はイザベルと言ったモノが濁った目で南瓜頭を見つめた。

噂で知っていたけれど見ることのできなかった、村はずれの沼に棲む全身が腐れた化け物。

その容姿を罵倒すれば消えていく無害な存在というところはどこか自分にも似ていると思っていた。

それがまさか以前愛したイザベルだっとは。


「わだじぃ…がわいぃ…?わだじぃ…あぃじでぐれる?」


壊れたように同じことを呟くイザベルが南瓜頭の体に乗ると、実体の無いはずの体が痛んだ。


「ほじぃ…あぃじで…おぃじぃ…」


イザベルが南瓜頭の首元に齧り付く。

ブチブチブチと自分の組織を噛みちぎり、くちゃくちゃと咀嚼する音が聞こえる。

痛みに叫びたいが、生憎叫ぶための声は持ち合わせていない。


「あらあら、仲良しね。」


女は少女のように微笑んだ。


「それじゃあ、さようなら。永遠にお幸せに。」


彼女自身の影から何よりも漆黒の手が伸びて彼女を捕らえて行く。

悪魔に魂を売った魔女の最後を、イザベルの頭越しに見つめる。

朝方のまだ日が出る前の暗い中、彼女は恍惚の表情を浮かべて地面にある闇へと落ちていった。







自分の腕の不自由さと飲み過ぎた頭痛による痛みで起きた。

昨日は…次の日が祭りで仕事は休みだからと飲みすぎてしまった。

頭には何か重いものが被せられていて、なんだか草っぽい匂いがする。

両手首は後ろ手に縛られ、動かしても解ける様子は無い。

こんな酷い悪戯誰がしたんだよと、昨日の記憶を辿ってみる。

最近気に入った女と飲んだ後はふらつきながらも家に帰った…はず。

それから…妻がいて…あれ?なんか言ったような気がするな?女のことバラしちまった気もする。

だからといってここまでしなくでいいだろう。

チッと自分のしたことを棚に上げて舌打ちをした。

幸いだが、道に放置されているらしく、助けを呼べばどうにかなる、そう思った。

誰か…

そう言おうとした言葉は子どもたちの甲高い声に掻き消される。


「南瓜頭がいるぞー!」

ハッピーハロウィン★

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